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郷田三郎(G3)
郷田三郎(G3)
novelistID. 29622
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こんばんは ⑥<蕪鍋(かぶらなべ)>

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こんばんは ⑥

<蕪鍋(かぶらなべ)>


「こんばんは」
 年の暮れも押し迫った寒い晩のことである。
 ひとりの若い男が古びたアパートのドアに向かって声を掛けた。
 艶の無いドアは下の方の化粧板が縦に細かく剥がれている。
 古びた表札には達筆な墨字で「大島」と書いてあった。
 しばらくするとカチャカチャとチェーンを外す音と鍵を開ける音がしてドアが開かれた。
「おう、来たか中村。ま、狭いところだが上がってくれ」
 中から応えた大島は、ごま塩頭を短く刈り上げた、老人と言っても良い風情の小柄な男である。
「おやっさん。厚かましくも押しかけて来てしまいましたよ」
 若い男は頭に手をやりながら申し訳無さそうにした。
 安普請のせいだろうか、ドアを閉めて振り返った時、部屋の中の暖かい空気に交じって若い男の頬を冷たい風が撫でるように吹き抜けた。
 若い男は訝しんで、コートを脱ぐ手を一瞬止めたが、すぐに気を取り直して脱いだコートを丁寧に畳んで片腕で抱えた。
 入口の脇に狭いキッチンがある。その奥に二間が並んであるようだが、片方は襖が閉まっていて、そこが部屋なのか納戸なのかは確認する事ができなかった。

「おやっさん、それにしてもボクが来るのがわかってるのに鍵やチェーンまで掛けるなんて、武道合わせて十段の腕が泣きますよ」
 中村の少しからかうようなくだけた口調が二人の間柄を物語っていた。
 実はこの二人、同じ警察署に勤務する刑事である。
 老刑事の大島は、柔道四段、剣道三段に空手三段と合わせて十段も持っている。が、かつては凶悪犯罪を数多く手掛けていながら武勇伝らしきものは誰も聞いた事が無いという署内でも有名な人物であった。