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機械廃棄人壱と半分-二十三夜-

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□ ジョヤディア □



----輝くものは手に入らないまま、時間だけが優雅に過ぎる。


小さな明かりが照らすのは、こじんまりとした木製の看板。「Pesar」と彫ってある。店内はカウンター席六つのみで、常連客以外は入れない、一見さんお断りの店である。
その中に二つの影があった。一つは、少々疲れきっているように見える廃棄人。もう一つは、遠慮がちに付いている明かりの下であっても色付きの眼鏡を外さない廃棄人の先輩・JIGであった。
二人は無言で酒を飲んでいる。ペースは、早い。マスターがちらちらとJIGに視線を送る。心配しているようだった。軽く首を振って、大丈夫と彼は合図を送る。廃棄人は人並みの強さだが、JIGは底なしである。マスターはそれを知っていた。

「もう少し抑えたらどうだ、酒は逃げない」
「…抑えています…」

JIGの制止させるための言葉も静かに振り払って、グラスを空にする。カタンと置かれたグラスに指を指し、もう一杯と無言で訴えた。溜息を軽くついて、マスターは酒を注いでいく。

「お前、マスターに嫌われたら此処にこれなくなるぞ?」

苦笑しながらJIGもグラスを空にし、マスターに次の酒を注文した。終始無言な廃棄人は珍しくない。確かにJIGと話をする時は、普通の人よりは喋るだろうがそれでもやはり少ない方だと感じる。彼が本当に喋る時は、仕事上分からない事があり教えを請う時(加えてそれを処理して貰おうと考えている時)、

(後は…)

心当たりがもう一つあった。
まずは可能性を消す為に話題を振ってみることにした。

「最近お姫様はどうしてる?」
「…」

一瞬空気が更に暗くなるのが分かった。廃棄人の体がこわばったのだ。沈黙が周囲を包み込む。

(そう言う事か…)

グラスに口をつけながら、JIGは今日呼び出された理由を理解した。仕事は吸収しようとし、普段より饒舌になるが、それ以外の周囲の事にはどうしても自分の世界へ引っ込む癖がある。

(見た目と一致してるというか何と言うか…)

廃棄人を眺め、JIGは心の中で苦笑してしまった。顔立ちが女性である訳ではないが、性別通りの印象を受け、黙っていても存在感がある。体格も悪くない、どちらかと言えば良い方だ。会話も言葉を選んでいる印象を受けるがそれは悪い事ではない。彼自身の持っている雰囲気の中に、相手を拒むような壁がある為、皆が苦手に感じるだけなのである。

「…あの」

氷の溶けきったグラスを握り締めた廃棄人が言葉を消え入るような声で発した。

「何だ?」

出来るだけ優しい声で答えようとJIGは努力した。拒否をすれば逃げ道がなくなる。それは不幸な事だと、彼自身が良く分かっていたからである。

「…先輩は…その…」
「ん?」

小さく溜息をついたりして、呼吸を整えているのが分かる。彼が言葉を発するのを待つ。
からん、とベルが鳴る。誰かが店に入ってきたのだ。外的な変化があっても、彼に変化がなければ状況は変わらない。彼もその変化を気にせずに、必死に自分の呼吸を思い出そうとしていた。そして、呼吸が出来上がってから、言葉を紡ぐ。

「…あの、先輩は、相手の気持ちが分からない時ってどうしますか?」
「ん?」
「分からないんです。元々分からない。でも、少なくとも数日前までは分かっていたつもりで、そのつもりに安心できたのに、今は出来ないんです」
「漠然としてるな、随分と」
「…すみません」

グラスに残ったアルコールをぐっと胃に流し込んで、お代わりを求める。新しい氷と茶色の液体で満たされていく音が空間に響いた。

「いや、別に謝らなくてもいい」

JIGは、お代わりを待つ廃棄人に伝えた。

「そうだな。相手が人であれ機械であれ、分かるはずはないな。突然口を利かなくなったり、知らない間に相手が怒っていたり。それは自然とある事だな」
「…そうですか…」

新しい一杯のグラスが目の前に置かれる。揺れる水面に廃棄人は視線を落としていた。軽く溜息をついてJIGは続ける。

「自然にある事は良い事じゃないのか?それはお互いが何処かで 繋がっているという証拠だ。分からないならば、まずはそのままにしておけばいい。まず変化を感じてからの自分を振り返って、その間は静かに相手を見て、相手を思いやる言葉を沢山かければいい」
「…はい」
「何時も通りに、其れで足りないと思うならば何時も以上に愛情を注げばいい」
「…はい」

そして、JIGはポケットから煙草を取り出し、マッチで火をつける。紫煙を吐いて最後に付け足した。

「何があっても、一番悪いのは己自身だと思えばいいんだよ」

それを聴いた瞬間、廃棄人の顔に光が宿った。帰る準備をし、有難うございました、と普段とまではいかないが先程よりは明るめの声色でお礼と「おやすみなさい」と夜の挨拶をJIGは告げられた。
くすりと微笑んで、店を出て行く姿を見送る。

カウンターに視線を戻して飲みなおそうと新たに注文を伝えようとした時、

「随分と正論を吐けるんだな。これからは是非その対応をあの子にもしてやったらどうだ?」

と言いながら有無を言わさず彼の隣に座り、にこり微笑む男性がいた。

「お前はここに態々嫌味を言いにきたのか?」

その声の持ち主は彼の聴きなれた人間だった。

「いや、別に…。ただ高尚なことを言うならば、まず己を磨けって事さ」
「…」

注文したアルコールを受け取り、一口含んでから男性は言った。

「こんな時間にこんな場所で飲んでいたら、又帰って怒られるんだろうな。そう言うお前がかわいそうだと思ってな、ほら」

小さな茶色の袋をJIGの目の前にぽんと差し出した。中身は、可愛らしいレースの白いリボンの付いた小さな紅い箱だった。包装紙に銀色の文字で小さく幾つも「na*kiss」と書いてある。箱の中身は開けなくとも、彼は理解できた。

「ご機嫌斜めな時は、大好きなものでご機嫌を取るのも重要な要素じゃないのかい?」

ふふ、と鼻で笑って男性は残りの液体を飲み干しJIGの肩を叩いて
店を出ていった。一人残ったJIGは、目の前の袋に視線を奪われる。そして、無言で彼は茶色の小袋を受け取り、三人分の勘定を支払い店を出た。