機械廃棄人壱と半分-二十三夜-
■ ボスクェディア ■
-----じっと支え、根気強く支え、疲れたてて眠る。
朝から小雨は止む事がない。今年の雨季は長い、と気象予報局の人間が口にしていた。
(…同じ事を言葉を買えて行っても説得力が薄いな…)
テレビを見ながら廃棄人はそう感じていた。今日も少女は部屋にいる。雨だから行きたくない、と言う事は分かっていたが、無理だと分かりながらも声を掛けてみた。
「いやよ」
と、たった一言でばっさりと切り捨てられた。少女の言葉は棘がある。普段より分かっていた事だが、ここ数日はその棘で手も耳も口も、体全てに刺さって、奥まで響く痛みに必死に耐えている、そんな状態だった。
「…ぃっ。…ぉぃっ」
視界が霞んでいく。周囲のざわめきも消えてきた。頭の中の整理は付かず、ただ無駄に時間を消費して解決を導こうとしているのかもしれない。
耳の奥で聴こえる声らしきものがあった。
(本当に解決を導こうとしているのか?)
静かで、とても邪悪で残酷な問いかけだった。
(解決?何を?)
思考の底で、問いかけへの問いかけが浮かんだ。白い霧の向こうに、近付いてくる影が見える。かつんかつん、と足音が響く。はっきりとは見えない、黒い影。
(本当は解決なんてないって知ってるだろ?)
声の主が分からない。何処かで逢った事がある気がしてならなかった。だが、決して出逢いたくない。そんな存在だと、直感的にそう感じた。身構えて、逃げようとする。
(…逃げる?…何処へ?)
周囲を見渡せば霧の世界だった。誰もそこにはいない。
影と、廃棄人だけ。必死に首を左右に振って、逃げ道を探す。慌てふためいた姿が滑稽だったのだろう。ははっ、と嘲笑が聴こえた。
影のいる方向を廃棄人は睨みつける。瞬間影の、決して見たいとは思わない存在の顔が見えた。廃棄人は目を見開き、影を凝視する。
(…ど、どうして…お前がこ…?)
瞬間。
「おいっ!」
言葉と共にぽかーん、と空っぽな音が響き渡った。その場に居合わせたもの全てが、音の根源へ視線を向ける。音の発生地点は、廃棄人の座っている所だった。その場所には彼以外に、男性がもう一人立っている。男性の手には、筒状にされた紙が握られていた。ざっと見た目で十数枚、と言う所か。
「…痛い…」
右手で叩かれた部分を摩りながら、ポツリ廃棄人が呟いた。その姿を見て溜息を大きく付いてから、
「あのなぁ、お前何度も呼んでるのに何で返事しないんだよ!それは学生時代お前と同期だった俺に対する嫌味か?」
そんな大声が廃棄人の耳に飛び込んできた。声のする方へ顔を向けるとそこには、眉は釣りあがり、頬を赤く染めた男性がいた。腕を組み、拒絶の姿勢を見せている。
「…あ」
微妙に間がずれて廃棄人が彼に指を指した。
「人を指すな、ばか者!」
ぽかん、と廃棄人の人差し指を紙の束で叩く。
「…すまない…」
とやはり間が可笑しいまま廃棄人とのやり取りがなされていた。そんなやり取りをして、彼は紙の束で首で軽く何度も叩きながら、
「変わらねぇな、本当にお前は…」
と苦笑していた。そして手にしていた紙類をずいと廃棄人の前に突き出す。
「…すまない…」
丸まった紙を静かな手つきで延ばしながら廃棄人は謝った。トーンはずっと変わっていない。暗い音だった。
「何で謝るんだよ」
「…何となく…すまない…」
謝った言葉以降、二人の間に言葉が生まれる事はなかった。ぴたりと止ったままの二人。その空間の中にある日常の音だけが、世界が動いている事を伝える。下を向いたまま、渡された紙をぼんやり見つめる廃棄人を見て、男性は大仰に溜息を付いた。
「お前、何か合っただろう」
「…いや、別に…」
「お嬢さんは今日はいらしてないみたいだな」
「…雨だから…」
「ああ、なるほどねぇ…」
窓の外を見るとまだ雨が降っている様子だった。確かに雨の日は彼は一人で書類提出に来ていた。
(だけど…)
一人で来ているからと言って、今日のような廃棄人の姿は見た事がない。明らかに何か思いつめている様子だと男性は勘付いた。
(そんなに仲がいい訳じゃなかったが、ある程度は見てきたからな…)
学生時代、廃棄人と男性は同期で同級生である。基本となる教科や必修科目以外の選択科目自体が被る事も多く、結果として廃棄人と顔を合わせる時間は多かった。
当時の廃棄人といえば、仏頂面で壁が見え視線も時々鋭いものを見せる為、同期の中では浮いた存在である事は事実であった。目の前の男性自身も廃棄人の事は、苦手とする一つのタイプで、口なぞ聞かない存在と思い込んでいた。
だが、実際話してみると意外と普通の事を言う、本当に普通の人間な事が分かった。一緒に遊んだりするほどの仲ではなかったが、授業前や授業後やテスト前等の勉学を挟んでの学友、と言う存在ではあった。
男性は学校を卒業しても廃棄人にならず、中央都市内にある機械関連の役所に就職。手紙をやり取りしたりする訳でもない間柄だった為、廃棄人が書類を提出した際に窓口担当が彼だった時に、久しぶりに出会ったのである。三年ぶりの再会だった。
暗い雰囲気なのに瞳のインパクトを強く感じていた為、下を向いていた視線を上に上げ彼を見た瞬間に一発で気が付いたのだ。
ぼんやりしたり、何かを思い込んだりするような仕草は学生時代も含め見た事はあったが、今回彼が見たものは今迄の廃棄人とは違うものであった為、少々心配も感じていた。だから、窓口担当者に頼み、彼自身が書類を廃棄人の届けたのである。
どんな様子かをはっきり見る為に。彼が遠くで見て想像した以上の状況だった。
「珍しいな、お前がそんな深刻そうな顔をするのは」
「…そうか?」
「ああ」
「…そんなに深刻そうな顔か?」
「残念ながら、深刻そうだ。世界が滅びるのが迫っている位」
「…」
廃棄人は、自分の顔をぺたぺたと触っていた。二人の会話を何となく聞いてしまった周囲の一部は、その行動をぎょっとした眼、若しくは嫌悪を示す眼で、嘲笑する眼で、見つめていた。
だが不思議な行動を見ても男性は、苦笑をするだけだった。
「お前は変わらないな、そう言う所」
彼の行動がまるで当然のような口調で伝える。
「…何がだ?」
「何だ自覚してないのか?」
「…じかく?」
仕方がないヤツだ、と言い腕を組んで溜息をついた。
その溜息も呆れた、と言うよりも懐かしさと羨ましさを含んだものだった。学校を出て、社会で生活すればどんな職業であれ「変わる」ことを必要とされる事がる。
廃棄人、と言う職は確かに自分の思うとおりに出来る事も多く自由度は男性の職業よりはある。
だが、同期の他の廃棄人を見てきたが、やはり彼らは変わっていた。
良くなった者、悪くなった者、様々だった。三年ぶりに再会した無口で人付き合いが下手な彼は、あの頃と変わっていなかった。久しぶりの再会は隣に可愛らしい少女を連れ、洋服に着られている感覚があったが、正しく男性の知っている「彼」だった。忙殺されていた毎日を送っていた男性にとって、それは非常に嬉しい事であり、
又危なっかしい彼に少々心配もあった。
「変わらない事は良い事だ。大切にすると良い」
「……ありがとう」
作品名:機械廃棄人壱と半分-二十三夜- 作家名:くぼくろ