ノックの音
今思えば、そういう私の独り善がりは、いたずらに叔母の精神を傷つけていただけかも知れない。
ハルさんに連れられて空港に見送りに来た叔母は、涙を隠そうともしない母やハルさんとは対照的に、陶磁器の人形の様で、私と目が合ってもどこか遠くを見ている様だった……。
ノックの音がした。
私は静かに寝袋のジッパーを下ろして暗闇の中に半身を起した。
寝袋の中ではホルスターから抜いたハンドガンのセーフティロックは解除してある。
爆撃に遭ったのであろう叔父の家は殆ど形を残しておらず、屋根はおろか壁さえも僅かに風除けになる程度しか残っていなかった。
叔父夫婦やハルさんの消息は知れない。
もしかするとこの家の破壊と同時に粉々に引き裂かれて庭の土と同化しているのかも知れない。
いずれにしても二年も前のことなのである。
つまりここにはノックするべきドアさえも残っていないのであった。
音のする方へ顔を向けると、何も無い空間に暗い闇がわだかまっているだけであり、その闇の向こうでは歌う様な風の音が止む事無く鳴り続けていた――。
おわり
06.01.27