もう一人の私 (Another me.)
ずっと以前に、高見沢のパソコンがウィルスに感染してしまったことがある。
[Nimda](ニムダ)の後の[WORM BADTRANS.B] とかのウンヌン。そんな何じゃらかんじゃらと言うヤツだった。
「これは、そこらを這い回るワーム(虫)と言う分類、それじゃなくって、価値があるように見せかけて、裏で悪事を働くトロイの木馬型[Trojan horse]ですよ。これ、滅法強いんですよね」
修理を頼んだプロのお姉さんが、自慢気にそう仰るのだ。
「トロイの木馬って、ギリシャ詩人ホメロスが抒情詩イリアスで詠ったやつだな。ギリシアと都市国家トロイとの戦争で、ギリシア軍は木馬の中に兵隊を隠しトロイのそばに置いたんだよなあ。
それをトロイ側は戦利品として町へ持ち込むのだけど、その後、木馬の中から兵隊が一杯出て来て、トロイを滅ぼし、城を取り返す伝説だったよなあ。
ほう、なかなか神秘的なウィルスちゃん達じゃん、メッチャ格調高いよ」
高見沢はぶつぶつと独り言で答え、ほとんど意味不明な感心をしている。そんな時に、お姉さんの叫び声が。
「ワオー! 高見沢さん、これを見て下さい、ここにいますよ!」
高見沢がその声につられて画面を覗いてみると、[Kernel32.exe]とか[kdll.dl] とかの文字が表示されている。そして高見沢は、思わず呟いてしまうのだった。
「結構可愛いヤツじゃん、ワクチン打って殺してしまうの可哀想だよ。このまま生かしてやって、それで社内メール、もう使えなくなっても良いけどね」
なんと過激で、反社会的なことを吐いてしまったことだろうか。
作品名:もう一人の私 (Another me.) 作家名:鮎風 遊