もう一人の私 (Another me.)
それは二郎からの突然の家出宣言だった。
これを受けて、高見沢ももう止まらない。
「ああ、出て行け! どこへでも行ってしまえ、縁切りじゃ!」
高見沢からは冷たい離縁宣言。もうこれは修復不可能。
そして二郎からは、「Good by,myself !」(さらば、私自身)とラストメッセージが入った。
そんな冷たい画面表示を残して、二郎はネットの光通信線に乗って、高見沢のパソコンから出て行ってしまったのだ。
それはちょっとしたハズミだった。
こんなことは、世の中ではよくあることなのかも知れない。
しかし結果は、一郎と二郎の別離。残念なことだが、いつも人の別れは、ある日突然に起こってしまう。
しかし考えようによっては、それぞれの人格を持って、別々の世界で信ずるところを信じ、生きるのが良い。一郎も二郎も、潜在意識の中に、離れて暮らすのがお互いに良いのかもという気持ちが多分芽生えてきていたのかも知れない。
だがこの結果、高見沢はまた膨大なメール処理に追われる毎日が暫らく続くこととなった。
しかし、高見沢は月日の流れとともに随分と賢くなってきていた。それは、最近急にもてはやされ始めたネット秘書派遣サービスだ。高見沢はこのサービスを受けることにした。
嬉しいことに、美人秘書カトリーヌが、二日に一度高見沢のパソコン内に通信線に乗って派遣されてくる。優秀なネット秘書で、さすがプロ。てきぱきと山ほどあるメールを処理していってくれるのだ。
高見沢は不自由さを感じず、メールの呪縛から解放され、充実した日々を過ごすことができるようになった。
作品名:もう一人の私 (Another me.) 作家名:鮎風 遊