嘆きの運命
彼にはもちろん家庭があり、妻と息子との3人暮らしだった。
妻の名は祥子〔しょうこ〕40歳、息子は学〔まなぶ〕小学4年生。
一人息子の学は、ふたりがそれなりに年齢(とし)いってからの子供だった。
2人は職場恋愛の末の結婚で、妻の祥子は彼のことを良く理解していないまま、彼の職場での能力とポジションに惹かれて、求められるままに結婚したのだった。
当時の彼は、まだ30代になったばかりの年で、すでに課長だった。
彼女はその会社に途中入社し、まだ入ったばかりの頃、彼と知り合い恋をした。
彼女もそれなりに年を食っていたので、多少の焦りも感じていたのだろう。
他の社員たちとはそれなりに親しくはしていたが、何でも話せるほど仲の良い人もいなくて、彼がそんなに恐れられている存在だということも、部署が違っていたため全く知らなかった。
当然ながら、ふたりが付き合っていることも、なるべく他の人に知られないように気を付けていたから、いよいよ結婚を発表した時には、周囲の誰もが一様に驚いた。
しかし彼女は、皆が驚いた理由が、まさか彼のその性格ゆえのものだとは、露ほども思ってはいなかった。
結婚が決まるとすぐに彼女は寿退社し、ますます他の社員との接触もなくなった。
それから二ヵ月後、めでたくも結婚式を終えたふたりは、一つ屋根の下で共に暮らすようになった。
そうなってみて初めて、祥子は気が付いた。
自分が選んだ相手が、如何に思いやりのない人間だったかということに。
岩沢は、祥子の作る料理に対して、美味いなどと言うことは決してなかった。
代わりに言うことは決まっていた。
「こんなまずいものをよく作れるもんだなぁ。もっとマシな物は作れんのかっ!? お前は専業主婦なんだぞっ。努力というものが足らんのじゃないのか?!」
ひどい時には、作った料理を床に投げつけることもあった。
かと言って、祥子の料理が本当にまずいわけでは決してないのだ。