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かけおちシンデレラ

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ほぼ自給自足の農家でも、現金は必要である。当然米をはじめ野菜も売っているので、お金は入る。英作はいくらかずつ貰うお金を貯めていた。遠く離れた町へ遊びに行く訳でもなく、また使わなくても済んだのである。自分と操の道が決まってからは特に無駄な一切使わず金を貯めることにしたが、それもささやかな額にしかならない。

だんだんと寒くなってきた頃、早朝に布団から出ている肩を揺すられ、目が醒めた。母が回りの寝ているものを起こさないようにしろとの仕草をしている。英作は何事かと頭を働かせようとしたが、まだぼーっとしている。とにかく黙って起き出した。

着替えて、竈の前で飯を炊いている母の所に行った。母が厳しい顔をして何か考えている。母は英作に外に出ろと目で合図をした。戸を開けると寒い風が頬を撫でる。人影が動いた。操だった。

「英作さん」操は思い詰めた様子で、次の言葉が出て来ない。
「どうした」英作はある予感を感じながら聞いた。
「父に私たちのことを、言ったの。夫婦になりたいって」

泣き出しそうな顔だった操が、それでもだんだん毅然とした顔になり、話を続けた。
「相手が悪いとか言うので、英作さんはいい人だって言ったら、お前はまだ子供だから分からないんだと言って」
「俺が話に行くべきだった」と英作はポツリと言った。
「その前に話しをしておこうと思っったのに、会う必要もないなんて…」

また操は泣き出しそうな顔になった。
「とにかく、二人でお父さんと話をしようか」俺はもうこうするしか無いだろうという決心をした。
「絶対ダメだって」操の目頭に溜まった涙がスーッと頬を伝った。

英作は操の身体を抱き寄せた。頭を下げて頬をすり寄せる。冷たさが愛おしさに変わる。
「今日、両親と上の姉が相手の家に家に行くので留守なんだ」操が思い詰めた声で言う。
「うん、それで」英作は先を促す。
「町に行きましょう。一緒に」操が真剣な目になって英作の顔を見た。絶対にうんと言ってくれるよねという目だった。町までは1時間ぐらい歩かなければならない。それは苦痛ではないが、その先はどうするのだろう。

「そうか」と英作は言ったが、まるで自信が無かった。しかし、予想されたことでもあった。
「よし」と英作は操の両手を掴んで力強く握りしめた。操も握り返してきた。
「じゃあ、十時ごろ私のうちに来て」というと、固い微笑を残して操が帰って行った。
家に入ると、母が囲炉裏の鍋に味噌を入れていた。英作に気づくと力強く頷いた。操から話はもう伝わっているのだろう。母は懐から紙切れを取り出して差し出した。
「トモキおじさん、知ってるだろ。トモキに話をしたらそこを借りてくれた。古くて小さいが一軒家だ」母はそう言って、厳しい顔で英作を見た。母の弟であるトモキさんは親戚には珍しく百姓では無かった。たしか温泉旅館で働いていた筈だった。

「いつの間に」と英作はつぶやく。

「操さんに相談されたんだよ。まだはっきりするまではお前に黙っているようにって」
母は今度は得意そうな顔をして言った。英作は正直大変なことになったという気持ちもあったので、母の心遣いが身に染みた。鼻の奥がじんとしてきた。唇をぎゅっと結んで母を見た。

「絶対に操さんを幸せにするんだよ」と言って、母も珍しく目を潤ませた。それからハッと気が付いたように奥の気配を探った。それから紙包を差し出した。お札が入っているのだろう紙包みを、英作は申し訳ない気持ちで受け取った。
「皆には内緒だから。母ちゃんは何も知らないことになってる」と小さな声で言った。
 
父と兄が畑に行った頃、英作は父の着なくなった背広姿で家を出た。母が後ろで何か言っている。英作は振り向かずに歩き続けた。
久し振りに本家の家の中に入った。全体に暗くて、お寺を思い出させる。それでも操とすぐ上の姉が使っている部屋は明るく、華やかな感じと甘ったるい匂いがした。その姉は習い事に行っていて留守だった。英作の知らない所で着々と計画がなされていたのだった。英作はあどけなさが残る操のしたたかな女をみたような気がした。

「英作さんは何も持って行かなくてもいいのよ。私が用意するから」と操は、鼻歌でも歌い出すのではないかという楽しそうな顔をしながら荷物の整理をしている。晴れ着ではない操の着物姿に、大人の女を感じた。操は大きな風呂敷に、見たこともない着物などをまとめて行く。


二人で両手に風呂敷包みを下げてから、操が思い出したように荷物を置いた。操は台所に行き、ビスケットやあめ玉の入った袋を持ってきた。遠足に行くような気分なのだろうか。そのお菓子を風呂敷包みの中にもぐり込ませ、操はニッコリ笑った。英作が呆れて見ていたのだろう。その顔が可笑しいと操は声をたてて笑った。英作は笑う余裕は無かったが、操の笑う顔は英作を勇気づけた。

慌てることも無いのだが、駆け落ちである。下り坂のせいもあって自然と足が速くなる。「あっ」と言う操の声に振り向くと片足を上げている。履いている下駄の鼻緒が切れたのだ。英作がどうしようか迷っている間に、操は風呂敷から新聞紙に包まれた別の下駄を出した。英作は鼻緒が切れたほうの下駄をその新聞紙に包む。

「やーね。縁起でもない」と操は、先程までの明るい顔から心配そうな顔になった。
「平気だ。俺、頑張ってずうっと一緒に暮らせるようにする」と根拠のない言葉を言う英作を操は頷いて見ている。不安と嬉しさとが交じり合って陰影のある美しさだった。英作はあらためて操の顔がその心を表すかのように、歪みのない整った顔立ちだと思った。

町へ続く道は、誰も歩いていなかった。両側の田圃は眠りについたように静かだった。たまにすれ違う自転車の人が興味深そうに二人を見ながら通り過ぎた。しばらく行くとバス停があった。一日に二本ぐらいしか走っていないので、誰もいない。英作は操に一休みしようかと言った。操が微笑んで頷いた。

畳一畳ぐらいの小屋で、中には木の長椅子があった。壁には町にある店の広告が貼ってある。長椅子に二人で風呂敷包みを置くと長椅子はいっぱいなった。さっそく操はあめ玉を取り出し、嬉しそうに1個英作に差し出すと、自分も口に入れた。自分では疲れていないつもりでも少し疲れていたのだろうか、飴のせいで少しずつ元気になって行く気がした。


「何か書き置きをしてくればよかったかなあ」と英作が言うと、操は少しだけ考えた風だったが、断定した口調で「そんなもの置いてくれば、それを見るたびに怒りがわいてくるんじゃない」と言った。そして「すぐ上の姉には言ってある」と言った。もう梃子でも動かせないという意思の強さが見えた。

「そうか」と英作は、あらためて考える。両方の親達もわかっていて、しばらく放っておけという気持ちかもしれないと思った。

しばらく間があって操が嬉しそうな声で言った。
「お祭りの芝居楽しかったね」
それは村の青年団が秋の祭りに上演した素人芝居「シンデレラ姫」のことだった。
「王子様、ぼーっとするな」なんて声がかかってね。はははは」
作品名:かけおちシンデレラ 作家名:伊達梁川