かけおちシンデレラ
しばらくして英作は父に話があると呼ばれた。おそらく操のことだろうと腹をくくって父の前に坐った。父は以外にもニコニコしている。英作は面食らってしまった。
「英作、おまえのぼーっとした所がいいという女がいるみたいだな。世の中分かんないなあ」と父は誉めているのかけなしているのか分からない。父自身も英作の評価に自信がないのだろう。
「実はな、お前が手伝いに行っていた家の親戚の子が、お前を気に入ったらしいんだ。会っただろうが光という娘で、ちょっとお転婆だが良く働くし……」
父が話しているのを後の方は聞き流していた。操の話では無かった。たぶん、みっちゃんと呼ばれる娘だろう。英作に興味を持ったらしいことは分かったが、英作を嫌いなようなそぶりをした筈だ。それは照れで、そのような態度になったのかも知れないのだが。
「まあ、今すぐという訳にもいかないが、二年ぐらい経ったら婿に迎えたいという話だ」
父はもう話が決まったような言い方をしている。
「俺は、婿に行く気はない」と言って英作は立ち上がった。
父は、まあそんな風に言うだろうと予想はしていたのだろう。さらに話を続けた。
「あそこはいいぞ、家より田畑があるし、田畑をつけて分家も考えているらしい。おやじもおふくろも気がいい」
「ことわってくれよ」と英作が言うと、父は強い言い方に変わり「操さんとは一緒になれんぞ。本家だってうちだって認めん」と言った。
結局そういうことになってしまった。それでも頭の隅で、光という娘と一緒になった想像をしている。苦労の無い、普通に幸せな生活が出来そうであった。それを無理に追い払って操の華やかな顔を思い出す。
英作はこれからの困難にうんざりする思いだったが、またすっきりした気分もあった。これから色々と思い、悩むことは無い。道は一本にしぼられたのだから。
稲刈りが終わると、田圃の作業は無くなって畑に移った。それも大根、白菜の収穫ぐらいで家族全員がやることもない。父と兄が畑に行っていた。母は藁を使って蚕の繭床を作っている。英作は母の隣で、それに使う藁を少し湿らせながら槌で叩く。叩くことで脆さと固さがとれ、藁が柔軟になるのだ。
「英作は……」
母が何か言っているのに気づき、英作は藁を叩くのを止めて母を見た。木型に付いている太い針金の棒に藁をスイスイと藁を巻き付けながら、英作の顔は見ないで話している。
「操さんが好きなのか?」
「うん」
「本家の姉妹の中では一番性格もいいし、可愛いしなあ」
英作は、うまく言葉が出てこず、黙って作業を続ける。
「大変だなあ」
母は自分のことのように思ってくれている。何だか嬉しく悲しい気持ちになって、涙がでそうになった。英作は槌を振り上げ、とんとんとんと藁を叩いた。藁からも涙が出て、それが目の前に薄膜を貼っているように見えた。
「おまえの好きなようにすればいい」
母は断定するように言った。英作はちらっと母を見た。毅然とした態度は父よりも男らしいとも思える。父は[長いものには巻かれろ]の人だった。
「かあちゃん」英作はつぶやく。身体の奥から力が涌いてくるような気がした。