かけおちシンデレラ
稲苅りが全部終わった日、考えごとをしながら、うつむいて歩いていた英作は「英作さん」という声にびっくりして顔を上げた。
操は風呂敷包みを手に持っている。英作は「みさおさん」とつぶやくように言う。
「どうしたの元気ないね」心配そうに言う操の声も少しかげりが感じられた。晩秋の陽が落ちようとしていた。真横から光が操の長い影を刈り終えた田圃に映している。
「どこかの帰り?」と英作は風呂敷包みを見ながら聞いた。
「花嫁修業」と操はニコッと笑った。
「えっ、嫁に行くの?」英作はガツンと頭を殴られたようになった。
「そう」と操が身体を少し捻ってポーズを取る。
「ほんとに!」
英作は食ってかかるような表情をしたのだろうか。操の顔が真剣そうに変わり、すぐに笑顔になった。
「うそ」と操は悪戯っぽい笑顔のままで言った。
「ああ、びっくりした」英作はホッとしたが、これが何時本当になるかもしれないということに気付かされた。
「会いたかった」と操がポツリという。
「俺も」と言うと、たまらなくなって涙が出そうになった。英作は操の首と背中に手を回して抱きしめた。操の身体に緊張が走るのが感じられたが、すぐにそれは解けて操の手が英作の背中をためらいがちに回され、風呂敷包みが地面に落ちる音がした。
誰かが自分達をみて、噂になるかもしれない。そして本家の主人は二人の仲を裂くかもしれない。しかしこの思いを止めることは出来ない。操もそう思っているのだろうと感じられた。
「一生懸命裁縫を習って、お金が貰えるようになる。そうしたら一緒になれる」と操は言った。
「オレは、オレは」と言って英作は後が続かない情けなさを感じた。
「若いし、身体が丈夫なんだからどうにかなるよ」と操が励ましてくれた。
英作は操の背中に回した手に力を入れた。操の気持ちが分かったのが嬉しかった。
「クワーッカー」とカラスが英作達をからかいながら飛んで行った。