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かけおちシンデレラ

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「こんにちはー」

英作の心をズキッとさせ、そわそわさせる声が畑の下の方から聞こえた。下の畑にいる父に挨拶をしたのだろう。柿の木の蔭になってまだ姿は見えないが、あれは絶対に操の声だと英作は思った。言葉の内容は関係無しに英作の心を踊らせ、また慰めてもくれる操の声。

英作は握っていたクワを振り上げ思いっきり土に振り下ろした。すこし外にそれた。柄を外側に押し出すと、無数の細い根と共にさつまいもが数個顔を見せている。もう何株かの分を一箇所にまとめてある所へ置く。半分に割れて、白い汁が出たのがあった。

「あーあ、いもが可哀想」

土と芋蔓の匂いが混じった畑に、清涼感と蠱惑的な匂いを感じ、英作はしゃがんだまま振り向いた。多分男ものであろうショートパンツをはいている。太腿の太い所から膝と足首の細い所とメリハリのある素足が目に入った。英作は少しどぎまぎして、足から顔に目を移した。日やけした少年のような顔に真っ白できれいに並んだ歯が健康的に輝いていた。

「ああ」と英作は言ったが、次の言葉が出て来ない。お前の声を聞いて力が入ったせいだと心では言っている。
「操さん、いいのかね、土いじって」母が嬉しそうに言った。
「うん、おもしろいから。うちじゃやらせてくれないんだもん」
操はそう言いながら土を掘り始めた。落ちぶれたとは言え、庄屋の娘である。それに英作の家の本家でもあった。もう何代も続いているので、遠い親戚というところだろうか。操の姉たちは土とは無縁の生活をしている。操は末っ子ということで、それでも自由にさせてもらっているのだろう。たまに英作の兄弟に会う時、操はいつも兄達ではなく英作のそばにいた。それは年齢が近いせいもあったのだろうが、何かお互いに惹かれる所があるのかもしれない。

「何だか、宝探しみたいでおもしろいね」
操は英作が掘り起こした所をさらに探って、深い所にあるさつま芋を見つけて喜んでいる。男ばかりの兄弟で育ってきた英作は、操がそばにいるだけで華やいだ明るい気分になった。それにそろそろ年頃である。英作は操と夫婦になったような気がして、うきうきする感じを抑えることが出来なかった。

「英作さん、ほら見て」
操が両手で大きな芋を捧げもっている。
「ほう、大きいな。操さんに触られて嬉しくて大きくなったかな」と英作は何の気無しに言って、あることに思い当たり顔が赤くなった。
「やだっ」と操はうつむき加減でそう言って、下を向くその顔が赤くなった。芋はまだ両手に持ったままだ。
英作はその顔をみて、ズキンと衝撃が走る。ここ一年ぐらいの間、ずいぶん女っぽくなった。

「操さん」と母が操を呼ぶ声がして、英作は夢から覚めたような気がした。すっかり二人だけに世界に入ってしまっていた自分に気づく。

「こっちの手伝いをしてくれんかの」
英作よりもたくましく農作業をこなす母が、操を呼んでいる。英作はハッと思い当たることがあった。年頃なので操と自分があまり親密になることを恐れているのだ。

「はあい」と操が二つほど離れた畝へ向かう。操のお尻が揺れながら母の方に向かう。その後姿もまた英作に衝撃を与えた。英作は慌てて目をそらした。屈んで芋の回りの土をかき出しながら耳は操の方を向いている。

「きゃはは」

母が何か冗談を言ったのだろう。無邪気な笑い声が耳に飛び込んで来る。英作は黙々と芋を掘り続けた。立ち上がって芋をまとめる時に自然と操の方を見ると、その場所が華やいで見える。少しずつ間が近づく。

「英作さん」という声が聞こえ、振り向いた。いつの間にか操が側まで来ていた。
「喉が渇いたなー」と操が言った。うっすらとかいた汗を土がついた手をさけ、腕で拭った。英作は一瞬その操の動作に見とれたが、湧き水の場所を教えた。
「英作さん、一緒に来てよ」操が言う。
英作は母の顔をちらっと見た。母は苦笑いしながらそれでも、行けという首の動きをした。

畑が五、六枚分ぐらい降りた所にほんの少ししか水が流れていない小川がある。その少し上流に湧き水があった。五〇センチ四方ぐらいの泉があって、一箇所からチョロチョロと水の流れ出る音がしている。

英作は泉から溢れて流れ出て、少し下に小さな水たまりになっている所で手を洗った。操もそれに習って手を洗う。操の身体から汗のい匂いと何か男を魅惑するような匂いがして頭がぼーっとなりそうだった。しかし水の冷たさが英作を冷静にさせた。英作は操の土で汚れたほっそりと小さな手が、優雅にもみ合わされきれいになって行くのを魔法をみるようにぼうっと見ていた。

「冷たくて、気持ちいい」

操のハリがあって少し甘ったるい声が心地よく響く。英作はこの声に自分は惹かれているのだとあらためて感じた。泉の脇にある石の上に置いてある湯呑みを泉で洗い、細く流れ落ちる湧き水を汲んで操に渡した。

「ふーっ」と水を一気に飲み干して操が大きく息を吐いた。操は空を見上げる。少し西陽になっている光が操の顔に立体感を与える。陽と陰が表情に深みを増したように見えた。



「英作さんは、これからどうするの」
並んで畑に戻る途中で操が前を向いたまま言った。先程までの明るい子供のような感じではなく、少し大人になったような言い方だった。英作はまだ、漠然としか将来のことを考えられなかった。

「戦争も終わったし、何か考えないとなあ」
英作は情けない言葉しか出なかった。戦争が終わって二年、新しい時代が始まっても、自分の家の田畑はそっくり長男がつぐことになるだろう。少しばかり分けてもらっても、嫁を貰い一緒に食っていけるか心もとない。回りをみても、次男、三男は跡継ぎがいない家に養子に行くか、大工などの職人になるしかない。長兄が戦地から無事生還し、いずれ嫁を迎えるであろう。次兄は近々養子に行くあてがついていた。三男の英作はそろそろ決断しなくてはならない。できるなら操を嫁にしたい。しかし、行く手には本家と分家という壁と、確固たる生活の基盤を築かなければならない。

数年ほど前はいずれ戦争をしに行かなければならないんだという、恐れと投げやりな気持ちで将来のことなど考える余裕が無かった。

「秋江姉さんの嫁入りが決まったんだ」
英作が将来のことへの話が出てこないので話題を変えたのか、姉の結婚の話になった。
「へーっ、お姉さんいくつにだっけ」
英作は秋江という操の姉のおぼろな姿を思い出しながら言った。操よりがっしりした体つきだった気がするが顔はよく思い出せなかった。
「私より五つ上だから二十三かな」もうそれはどうでもいいという感じで操が言う。
「ふーん丁度いい歳かな」英作もあまり興味なさそうに続けた。

「雪子姉さんが二十歳、英作さんと同じでしょ、それで私が十八」
操のしゃべる唇をみていて祭りの日のことを思い出した。そして英作の唇があの感触を再現しようとしている。


「あーあ、誰か私を貰ってくれないかなあ」と操が両腕を後ろに組んで背伸びするようにして胸を突き出した。男だけの兄弟なので女の子の衣服の名前は知らないが、たぶんブラウスという衣服を通して、発達した胸のふくらみが感じられた。
作品名:かけおちシンデレラ 作家名:伊達梁川