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かけおちシンデレラ

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丸太を使った手作り舞台の上では、秋祭りの余興に青年団が劇を演じている。英作が演じる王子のセリフの時にちょっと緊張した間が空いた。シンデレラ役の操が心配そうな顔をして見ている。

「王子様、ぼーっとするなー」と観客席からヤジが入り、笑い声も聞こえてきた。大人達は大分お酒も入っている。英作はそのざわめきで気が楽になった。

「踊ってくれぬか」
「はい」

浴衣姿の二人は盆踊りを踊り始めた。笑い声も聞こえる。しかし、操の浴衣姿とその踊る姿が美しく、笑い声が「ほう」という声に変わった。英作も操の美しさに舞台上であることを忘れ、見とれてしまいそうになる。

戦争が終わって二年、村の青年団が結成され、祭りの余興にと、農作業を終えてからここ権現神社を借りて芝居の稽古を始めたのは一ヶ月前からだった。十数人でも男女がほぼ半数であり、既婚が数人いるが、あとは独身でちょっとした社交場になった。

練習中、あきらかにいい関係になる男女もあり、みな昂揚した顔で練習をした。二十歳になった英作も、会話や動作のはしばしに操の自分に対する好意を感じていた。

踊りが終わって、シンデレラが慌てて家に帰るシーンになった。操が数歩小走りに走って「あっ」と言ってしゃがみ込んだ。英作は驚いた顔をしてそれを見るシーンだが、操の浴衣姿の腰の線が艶めかしく、ドキッとする。

操は下駄を片方残したまま舞台から消えた。英作は小走りに駆け寄りその下駄をつかんだ。操が履いていた赤い鼻緒の下駄が愛おしく、思わずぎゅっと掴み操が去った方を見る。拍手が聞こえた。自分の気持ちが演技となって出てしまったようだ。
 

舞台では、古老が浪花節を演じている。舞台裏の楽屋では出番の無くなった順からお酒を飲んでいる。英作も仲間とともに酒を飲んでいた。女同士が少しかん高い笑い声をあげた。英作がその方を見ると、操と目があった。そして操は立ち上がり英作のそばにやってきた。英作は嬉しさとすこしの照れくささで、湯呑みに入った酒を飲んだ。

「ご苦労様」という操の声に英作は「ああ」とだけしか言えなかった。操の少しかすれた声は英作に安らぎと、また反対に牡の本能を刺激するようにも聞こえる。

「うまくいったね」と操は笑顔を浮かべ一升瓶を両手で持ち、酒を勧めた。英作はコップの残りを飲み込もうとして、少しむせてしまった。緊張してしまったのだろう。
「大丈夫?」
操の声にまた、英作は耳から体の奥までツンとしてくる。
「ああ、お酒はもういいや」
英作は気持ちの整理のつかないまま立ち上がった。操も立ち上がる気配がして「そのへん見てみようよ」と操が英作の体に触れんばかりのそばにいる。英作は嬉しさと綺麗な女性と一緒に歩ける晴れがましさで頬の筋肉が痛くなる程だった。

境内にはアセチレンガス灯の匂いと屋台の色々な食べ物の匂いが満ちていた。隣村からも人が集まっているのだろう、見掛けない顔もずいぶんあった。普段なら寄り添って歩くことは出来ないだろうが、今日は特別だった。操が英作の腕にすがってきた。英作はそのふわっとした感触に感激し、足が宙に浮いている感じのまま屋台を見て廻った。

「あ、これ食べようか」
操は、もう小銭を出している。

少し人がまばらな神社の縁側にもたれかかって二人で、コンニャクの味噌おでんを食べた。操が微笑みながら英作を見上げた。英作はその笑顔にまた感動する。操は自分より二つ下だから十八歳である。ちょっと前までは少女のような気がしたが、芝居の練習を始めたあたりから日に日に女っぽくなって行くような気がした。


芝居を一緒にやった仲間の男女が歩いているのが見えた。二人は手をつないで神社の裏側の暗がりに入って行った。
「あーあ」と操がため息とも非難ともとれる声を出した。英作が操の顔をみると、二人の去ったほうに向いている。
「あの二人」
「だよね」

操が英作に体を寄せて来た。英作は少しドキッとし、それから酒が回ってきたせいもあって、操の手を掴んだ。操もその手を握り返してきた。温かく柔らかい感触にしばらく幸せを感じていると、操が歩き出そうとしているのを感じ、英作も歩き出した。手をつないだまま、こちらでいいのだろうかと逡巡しながら、先程二人が消えた暗がりに向かった。

境内の灯りが二人の影を地面に映していたが、それも暗やみに溶け込んだ。奥の方から人の気配がする。
英作は立ち止まって操の方を向いた。操がおずおずという感じで英作に体を任せる。英作は操の背中に腕を廻してそっと抱きしめた。甘い匂いがして英作は陶然となる。
操が顔を上げるのが薄闇の中に見えた。英作はその唇に自分の唇を寄せた。ふわっと柔らかい感触が刺激が頭の中を駆け巡っていて、何も考えられなくなっている。

操が軽く両腕で自分の胸を押しているのに気づいて、英作は体を離した。操がちょっとだけ英作の顔を見て、すぐに下を向いた。そして賑やかな境内の方を振り返った。

二人は黙って歩き始めた。またアセチレンの匂いがし始めた。英作の唇はまだしっかりと感触が残っていた。



作品名:かけおちシンデレラ 作家名:伊達梁川