リンコ
悠介は何とかギリギリセーフで会社に着いた。すると驚いたことに、同僚とすれ違う度「もう良くなったのか?」「大丈夫?」「元気になったのね!」などと、声を掛けられた。
「一体どうしたんだろう?」と、内心では思いながらも、ほぼ初めてとも言える、会社という枠の中の一人として認められているということの喜びを感じた。
「自分なんていてもいなくても、きっと誰も気にも留めないだろう」と、入社以来ずっとそう思っていた。
「でもそうじゃなかったんだ!」
そう思うと次第に気分が高揚してくるのを感じた。
自分の部署のドアを開けると、部屋にいた同僚の視線が一斉に自分に向けられ、口々に労りの言葉を投げてくれた。
「ありがとう」と言う言葉を、会社に来てからだけでも何度言っただろう。
自分の机に着くと、早速そばに来た由紀子が悠介の肩に手を置き、耳元で囁くように言った。
「昨日は楽しかったわ」
熱い吐息が悠介の耳をくすぐり、昨夜のことを思い出すと、下半身がムズムズしてくる。
「今日もいい?」
そう聞かれて、考えるまでもなく悠介はコクリと頷いた。
その日はいつもに増して仕事がはかどった。
夜のことを考えると、自然に顔がにやついてしまう。りんこのことなど欠片も思わなかった。ほんの少し前に愛してると言ったばかりなのに……。
これまで人に愛されることを知らなかった男が、いきなり性の喜びを知った上、会社でもみんなの仲間として認められたのだから、無理もないことだったのだが……。しかし、りんこはどうだろう。一目惚れした悠介と、やっと幸せな毎日を過ごせていたのに……。
その日の夕方、業務終了のチャイムが鳴ると、社員は一斉に帰り支度を始める。その中の一人として、悠介も机の上を片付け、鞄を手に由紀子の姿を探す。当然一緒に悠介の家に行くものと考えている。ところが由紀子の姿が見えない。
「どうしようか……」
考えてみたら、昨日も突然のことだったから、悠介は由紀子の携帯のナンバーすら聞いてはいなかった。
「しまった。聞いときゃ良かった!」
そう気が付いても、すでに遅し、だ。どうしたものかと思い悩み、三十分以上そのまま部屋で待ってみたたが由紀子は現れず、仕方なく一人で帰ることにした。本当なら今夜も、由紀子とセックスを楽しめると思っていたから、かなり落ち込んでいた。