リンコ
「ただいまぁ」
玄関を入ると、悠介はいつもの癖でそう言ったが、もちろん答える人はいない。今日は一人でいるということが、今まで以上に寂しく感じる。
「そうだ! りんこがいるじゃないかっ」
そう気付いた悠介は、いつもより少し乱暴に、急いで寝室のドアを開けると、
「りんこ、帰ったよ! ただいま」と、声を掛けた。しかし、返事がない。それどころか、何となくりんこの元気がないように感じられる。
「りんこ、どうした? 具合でも悪いのか?」
そう言ってハッと思い出した。
「あっ、今朝水をやってなかった!」
悠介は急いで台所へ取って返すと、コップに入れた水を持ってきて、そうーっと植木鉢に掛けてやった。そして、じっとりんこの様子を見守った。
しばらくして、もう一度声を掛けてみた。
「りんこ、どうだい?」
やはり、りんこは何も答えない。なぜ、りんこが喋らないのかが、悠介には分からない。
諦めたように悠介は、今日の出来事を一人で話し始めた。話をしていたら、その内りんこが返事をしてくれるのではないかと、淡い期待を抱いていたのだろう。
「今日、会社でね、同僚のみんなが僕のことを心配してくれてたみたいで、口々に声を掛けてくれたんだよ。とっても嬉しかった! やっとみんなの仲間になれたような気がしたんだ。それにね、彼女、由紀子さんがまたここに来たいって言ってくれたんだ。信じられないくらい嬉しかったよ。僕にもやっと彼女と呼べる人ができたみたいなんだ。りんこも喜んでくれるよね!」
どんなに悠介が話しかけても、結局その夜りんこはひと言も喋らなかった。どうしてなのだろうと思いながらも、つい考えるのは、やはり由紀子のことだ。
――彼女だって自分の電話番号は知らないだろうから、何か急用ができたにしても、きっと連絡ができなくて困っていたのかも知れない。そうだ! きっと明日は彼女の方から、今日のことを謝って来るかも知れないな。そしたら僕は何て答えよう。
「とっても心配したよ」って言うか、それとも「いや、いいんだよ。気にしてないから」って言うか。どうしよう――
恋愛経験のまったくない悠介のこと。色々考えるのも当然だろう。
その夜、夕食を済ませベッドに入ると、悠介はまた夢を見た。昨夜とまったく同じ夢だ。
紫の少女が悠介が横になるベッドのそばに立ち、悲しい目をして悠介を見下ろしている。
そして、やはり何も言わない。悠介も喋れない。
翌朝、カーテン越しに朝日が差し込み、その明るさで目覚めた悠介は、またしても自分が寝過ごしたことを時計を見て知り、唖然とした。りんこは? と見ると、昨日よりまた一段と元気がないように見える。今日はさすがに水と栄養剤とを両方与え、
「りんこ、早く元気になっておくれ」
と、声を掛けて仕事に行った。
しかし、会社に行って由紀子と顔を合わせ、朝の挨拶をしたのに、由紀子は昨日のことについては何も言わない。
「えっ、どうして何も言わないの?」
悠介は心の中で彼女に尋ねた。