リンコ
そして翌朝。悠介はまた誰かの声で目覚めた。
「悠介、起きて! 朝よ。悠介」
「誰?」
悠介は目覚めた時、夢の続きを見ているんだと思った。それでも寝ぼけた頭は、部屋の中を、少女の姿を探してキョロキョロと見渡している。するとどこからかまた声がする。
「お願い。喉が渇いてるの」
「えっ?」
悠介は、突然目覚めた気分になった。声がどこから聞こえてくるのか真剣に身の回りを見渡し、ふとリンドウの植木鉢に目が留まった。
「私がわかりますか? お願い、喉がカラカラなの。お水を飲ませて」
「本当に君がしゃべっているのか?」
悠介は半信半疑の思いで植木鉢に話しかけてみた。そして、ハッと気付いた。そう言えば、買って来てからまだ一度も水をやってなかったと。
悠介は慌てて台所へ行くと、透明なグラスに水を並々と入れ、それをこぼさないように気をつけながらも急いで寝室に戻って、鉢の淵からゆっくりと水を注いでやった。
「ふうーー、やっと生き返れたわ」
またリンドウの花がしゃべった。不思議なことだけど、確かに悠介にはリンドウの声として聞こえるのだ。どうしても信じられない想いでその鉢をじぃーっと見ていると、またその鉢から言葉が飛び出して来た。
「悠介、急がないと会社に遅れるわよ」
「あっ、しまった!」
悠介は、取りあえずこんなことをしている場合ではないと気付き、慌てて支度を整えるとアパートを出て急ぎ足で会社に向かった。
しかし会社に着いてからも、仕事をしていても、リンドウのことが気になってどうしようもない。やっと待ちかねた退社時間になり、急いで帰宅した。
自宅に着くと、何よりもまず自分の寝室に向かった。そしてリンドウの植木鉢をじっと見つめ、そっと声を掛けてみる。
「ただいま、帰って来たよ」
「お帰りなさい、悠介」
やはりリンドウがしゃべってる!
不思議だけど、嬉しくなった悠介は次々と話しかけていく。
「ねえ、君はどうして人間の言葉をしゃべれるの?」
「いいえ、私は言葉をしゃべってるわけじゃないの」
「えっ、でも僕には君の声が聞こえるよ」
「それは私が、あなたの心に直接言葉のイメージを送っているからよ」
「言葉のイメージ?」
それってどういうことなのだろうと、悠介はしばし考え込んだ。
「難しいことは私にもわからないの。でも、悠介と話がしたくって、私の心の中で一生懸命に悠介に話しかけてたの」
そう言った時、リンドウの花が一瞬笑って見えた。
「君、今笑った?」
「うふふ、わかるの?」
「うん、何となくそんな気がしたんだ」
悠介は何だかとっても嬉しくなった。
「――もしかしたらこれって、テレパシーと言うものなんだろうか?」
「そうね、そうなのかもしれない……」
「ねえ、悠介。悠介には悠介っていう名前があるでしょ? だから私にも何か名前を付けて欲しいんだけど……」
「あ、それはいい考えだよね。そうだなあ、――りんこってどうだい?」
「りんこ?」
「あぁ、リンドウの花だからりんこだよ。イヤかい?」
「ううん、それでいいわ。いいえ、それがいいかも!」
またりんこが笑った。