リンコ
翌朝、目覚めた悠介のそばにりんこはいない。やはりリンドウの植木鉢がそこにあるだけだった。
「ああ、あの素晴らしい時は、やっぱりただの夢なのか……」
そう思うと悠介は堪らなく寂しくなった。いくら愛し合い抱き合っても、そのすべては夢の中の出来事でしかないのか……気持ちがどんどん沈んでいく。
「悠介、私はここにいるのよ。例え抱き合うのが夢の中でも、私はちゃんとここにいるのよ。私は悠介を愛してる。それは夢ではなくリアルなのよ」
そばの植木鉢からりんこが語りかけてくる。
「うん。でも……」
悠介はりんこの愛が分からないわけではないが、常に愛する者にはそばにいて欲しい。
愛するということを知ってしまった悠介は、逆にそんな風に望んでしまう自分の気持ちをどうしようもなかった。愛しているのに、その姿がそばにないという現実。愛すれば愛するほど逆に寂しさが増していく自分の心。
そんな切なさをどうしたらいいのか?
どう言えばりんこは分かってくれるだろう?
布団の中で頭を抱え込んでしまった。
――あの美しいりんこをもう一度抱きたい。もう一度愛し合いたい――そう、心が渇望する。
「悠介、心配しないで。また夜になって眠れば、私たちは愛し合えるんだから」
「えっ、りんこ。それは本当なのかい? 夜になれば君と愛し合えるのかい?」
「えぇ、そうよ。だから心配しないで」
そう言うと、ふふふっと笑い、
「――とても良かったわ。昨夜は……」と言って、顔を赤らめた。
「そうか。そうなんだ! 夜になれば君と愛し合えるんだ!」
悠介は沈んでいた気持ちが一気に弾みだすのを感じた。
「あ、会社に行かなくちゃ!」
「えっ、行くの?」
驚いたようにりんこが言い、
「お願い。行かないで!」と哀願する。
「りんこ、そういうわけには行かないだろう。終わったらすぐに帰ってくるから待ってて」
悠介は急いで支度を始める。そして洋服に着替える時に、気が付いた。
「あれっ、どうしたんだろう? この手」
悠介は自分の右手をじっと見る。指先が何やら赤茶っぽく変色している。
「……あ、夜中にずうーっと植木鉢の土の中に指を入れてたからかな?」
悠介はそう思い、台所に行って水を流すと、自分の指をゴシゴシと擦ってみた。しかし、いくら洗っても色は落ちそうにない。
「まあ、仕事から帰って来て、風呂にでも入る頃にはきっと落ちるかな?」
悠介は大して気には留めず、そのまま家を出た。もちろんりんこに「行って来ます」の挨拶をして。
りんこは不満げではあったが「いってらっしゃい」と言って送り出してくれた。