リンコ
その日の夜、仕事から帰った悠介は風呂に入り、自分の指を見た。一日の内には何回もトイレにも行き、その都度、そして昼食時にも丁寧に手を洗ったのに、指先の色は落ちることはなく、それどころか逆に濃くなっているように感じた。それは風呂で洗ってもやはり落ちない。
「どうしてなんだろう?」
そんな風に不思議に思いはしても、いずれは消える。悠介はそう決め込んでいた。そしてその夜、りんこをまた脇に抱いて眠り、昨夜と同じようにりんこと愛し合った。
「もう離れたくない!」
目覚めた時の悠介はそう思っていた。しかし目覚めてしまうと、目の前にいるのはりんこであって、りんこではない。ただのリンドウの植木にしか過ぎないのだ。
「どうして……」
やはり悲しく、せつなくなる。
「悠介、そんなに悲しまないで。悠介の悲しみは私の悲しみとして、私の身体の中に沁みてくるの。私には、悠介の悲しみが見えるのよ」
りんこはそう言うが、悠介にはやはり身体を持ったりんこにそばにいて欲しいと思う。その気持ちを捨てられない。
「りんこ。……僕は、寝てる時だけじゃなく、昼も夜もいつだって、植木じゃない『りんこ』として傍にいて欲しいんだ!」
悠介は、苦しいものを吐き出すようにそう言うのだった。
「悠介、く、苦しい……ゆうすけ…」
その時、またしてもりんこが突然苦しみだした。
「どうした? りんこ!」
悠介は慌てて、りんこを抱きしめて尋ねる。
「お願い、……あい、愛をちょうだい…もっと愛が必要…なの」
悠介は再びりんこを抱いて布団に入った。
当然仕事に行く時間が迫っていたが、悠介にとっては何よりもりんこの方が大切だ。
「仕事なんてどうでもいい!」
その時の悠介はそう思っていた。
布団の中でりんこを抱き、指先をいつもよりもまた一段と深く差し入れた。入れる時にふと見ると、すでに指先だけではなく、手首までが赤茶色になっていた。しかし、そんなことに拘ってはいられない。
「りんこに愛をあげなくっちゃ!」
その想いしかなかった。
悠介が指先を差し入れて少しすると、りんこの顔から次第に苦しみは消えていき、穏やかな微笑みに変わっていった。
「りんこ、大丈夫かい?」
その顔に、悠介は優しく問い掛けた。
「えぇ、ありがとう。悠介の愛がいっぱい私の中に満ちてくるわ」
「うん」
「このまま、ずっとこうしていたいわ」
「ああ、僕もだよ」
いつしか悠介は眠りの世界に、そしてまたりんことの愛の時を得た。
それから何日が経ったのだろう。