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リンコ

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 会社を出た悠介は、一切前を見てはいなかった。もちろん目は開いてはいるのだか、その瞳に写っているはずのモノを彼の脳ミソが認識しないというだけだ。彼の脳ミソはさっきからずうーっと、同じ思考を堂々巡りしていて、とても他のことにまでは神経が働かなかったようだ。
「どうして? → あんなに素敵な夜を過ごしたよなぁ。→ 僕を好きでなければあんなことをするはずがない。わざわざ家にまで来て…。→ それなのに彼がいると言う。そして今日は、また別の男と? → 僕とのことは遊び? →どうして? → あんなに素敵な夜を……」
 魔のループに囚われたように、延々と続く。
しかし習慣とは恐ろしいもので、悠介が気付いた時、目の前には自分のアパートの玄関ドアが、当然のように悠介の進路を妨げていた。
「あっ、いつの間に……」
 そう呟くと、バックから鍵束を取り出して鍵穴に差し込む。
ガチャ。冷たい金属音がして、悠介のカラカラに乾いた心に響く。
 いつもより重く感じるドアをゆっくり開けて中へ入ると、いつもの習慣で、
「ただいま」と、口の中でボソボソと言う。
 靴を脱ぐと、それを、普段はそんなことしたこともないのに、玄関の隅にきちんと並べて置いた。
 廊下をたどり居間へ入る。そしてそのまま崩れるようにソファーに座り込んだ。
 しばらくは身じろぎもしないで、ソファーの背に頭をもたせ、天井を意味なくじいーっと見ていた。何をする気力も湧いて来ない。
たぶん空腹なんだろう、こんな時でも腹の虫は正直だ。
 グゥーーと、食料を求めて鳴き声をあげる。しかしやっばり動く気にはなれない。
 悠介の受けたショックは、生半可なものじゃなかった。
「何がいけないんだろう。僕が何か悪いことでもしたんだろうか……」
 そう考え始めると、熱いものがポロポロと頬を伝って落ちていく。
「どうして生まれてきたんだろう。消えてしまいたい。このまま身体が消滅してしまえばいいのに……」
 悲痛な思いに沈んでいる時、突然自分を呼ぶ声が聞こえた。
「――悠介。……悠介、私のそばに来て」
「えっ?」 
 一瞬、今までの思考が止まって、そして新たな思考が回り始めた。
「今の声は……、りんこ? ――りんこだ!」
 由紀子が来た翌朝から急にしゃべらなくなったりんこの声だ! そう気付いた悠介は、慌てて寝室のドアを開けた。
「りんこ! また話をしてくれるんだね、りんこ」
「悠介、私はずっと悠介に話しかけてたのよ。でも悠介には聞こえなかったみたいね」
「えっ、どういうこと?」
「私、最初に言ったと思うけど、私って悲しい心が見えるの。そしてその悲しみを持ってる人にはきっと私の声が聞こえるんだと思う。でも、あの日から悠介は悲しい人じゃなくなった。だから私の声が、必死で呼んでるのに聞こえなくなったんだと思う。とても悲しかったわ」
「そ、そうだったのか……」
「でも悠介、今、私の声が聞こえるってことは、何かあったの? 悲しいことが……」
「りんこ」
 悠介は由紀子のことや、会社でのことをどう話そうかとしばし考えた。そして、ゆっくりと自分の心を見つめながら話しだした。
「りんこ、実はね、先日うちに来た由紀子さんなんだけど……」
「ええ、あの人、私は嫌いよ。あの人はとても傲慢な人だわ」
 りんこは、由紀子のことを傲慢だと言う。そうなのかも知れない。りんこはきっと正しい。そう感じた悠介は、由紀子のことや、会社のみんなの自分への態度についてなど、そのすべてをりんこに話した。
 悠介の心に深く淀んで、澱〔おり〕のように重く沈んだモノが、りんこに話すだけで少しずつ軽くなっていき、次第に心が爽やかに晴れていくのが感じられた。
 そして悠介が話し終えると、りんこが怒ったように言った。
「なんてひどい人たちなの! こんな優しい悠介に、そんな酷いことをするなんて。許せない! 悠介、そんな人たちとはもう会わない方がいいわ。悠介には私がいるもの。私がいれば悠介だって淋しくなんてないでしょう?」
「ああ、そうだね。もう僕は決してりんこ以外の人に心を奪われたりはしない。こんな風に傷つくのは、もうイヤだよ!」
「そうよ! それでいいのよ」
「――でも会社を辞めるわけにはいかないから、みんなにも会わないってわけにはいかないけどね」
「悠介……」

「――悠介、ウッ!」
 何かを言いかけたりんこの表情が、突然苦悶に歪んだ。
「りんこ! どうしたんだ? りんこ。大丈夫か? しっかりしてくれ、りんこ」
「悠介、く、苦しい……助けて……」
「りんこ、どうした? 僕は何をすればいいんだ? りんこ、お願いだ。言ってくれ、りんこ!」
「あ、愛が足りない…の。ゆ、悠介、私を…愛…して」
「……」
 悠介はどうしたらいいのか分からない。愛してって言われても、具体的にどうすれば……。そもそも愛って一体なんなんだ? 悠介の頭の中は目まぐるしく揺れ動いていた。
「悠介、…私に触れて、…私の根の部分に…早く」
「えっ! 根の部分に?」
 悠介は分からないながらも、りんこの茎の根元の部分、土から出ている所に指を当てた。
「あっ!」
 思わず悠介は指を引っ込め声を上げた。指先から、何か波動のようなモノが伝わって来て、痺れるような感覚がした。しかしそれは、感電した時みたいな不快な感じではない。一瞬だったので、悠介自身にもはっきりとは表現できないが、それは、言うなら命の波動。そう、そんな感じだった。
「悠介…早くぅ……」
「あっ、ごめん!」
 悠介は再び同じ所にそっと指を添え、そして手の平で包み込んだ。
「あぁーーっ」
 りんこが上ずった声を上げた。まるでそれは男女の営みの時の声に似て、甘い響きがあった。
「悠介、いいわ。悠介の愛が伝わってくるみたい。お願い、もっと中に入って来て」
 中にって言われても……。戸惑いながらも悠介は、指先を土の中へぐっと押し込んでみた。
 思ったより土は柔らかくて、悠介の指に絡み付くように迎え入れた。そこはまるで、女性の秘部にも似た温かさがあった。つい先日の、由紀子の身体を思い出してしまった。
「悠介、私のことだけ考えて」
 りんこの言葉にハッとした。
『僕の考えていることが分かるのか?』
 悠介はそう思っただけで言葉にはしていないのに、りんこが悠介の疑問に答えた。
「ああ、悠介、気持ちいいわぁ。――私たちは今、人間同士の身体の交わりよりももっと深い、心と心で繋がっているのよ。だから悠介の考えていることも感じていることも、何もかもが私の心に伝わってくるの。素晴らしいでしょ?」
「ふうーん、そうなのか……」
 悠介はきちんと理解できたわけではなかったが、何となく自分の中に沁み込んでくるような、何とも言えない幸せ感や、指先からじんわり伝わってくる安らぎに、次第に眠りに誘われていった。
「悠介、もう遅いしベッドに入りましょうよ」
 りんこの言葉に、夢の世界へ入りかけていた悠介はハッとして意識が戻るのを感じた。
「あ、そうだね、りんこ。そうしよう」
作品名:リンコ 作家名:ゆうか♪