夢の旅路
わたしが彩乃と出会ったのはいつの頃だったろう。
もうそんなことも忘れてしまうほど、毎夜わたしのそばに寄り添い、朝まで共に過ごす。
彩乃の身体を抱きしめることだけが、わたしの人生の唯一の楽しみとも言えるかもしれない。
彼女はわたしの身体を、わたしが望むままに愛してくれる。
そしてわたしも、彼女の身体の隅々までをわたしの限りを尽くして愛する。
そうされる喜びを素直に表す彩乃がまた可愛い。
こんな素晴らしい女が他にいるだろうか。
わたしは夜を重ねる度に、ますます彼女にのめり込んでいく。
その夜もわたしが目を覚ますと、やはりそばには彩乃がいた。
しかし、どうもいつもと様子が違うように見える。
どうしたんだ?
わたしはゆっくりと彩乃の顔を見つめた。
いつも薄紅色を湛えた唇が、なぜか少し青ざめ薄紫色をしている。
顔色も幾分青白い。
どこか具合でも悪いんだろうか……。
「彩乃……」
わたしが声を掛けても、その愛くるしい瞳は閉じられたままだ。
じっと見つめていると、彩乃の薄紫の唇の端から、糸を引くように赤い筋が現れた。
えっ?
それは見る間に太さを増して、ドクドクと流れる血のように……。
はたと気付いた。血のように――ではなく、それはまさしく真っ赤な血ではないか!
一体何が起きたのだ? 彩乃の身に……。
わたしはこんな時だというのに、何もできずに彩乃の顔を呆けたようにただ見つめていた。ふと視線を移すと、彩乃の白く細い頚が目に入ってきて、そこに信じられないものを見付けて唖然とした。
彩乃の頚の中程、ちょうど喉仏の辺りに親指を重ね、まるで蝶が羽根を広げるように両手が、彩乃の頚に張り付いている。
しばし呆然とその様子を眺め、ようやくわたしの脳がことの次第を理解した。
そう、誰かがわたしの愛する彩乃の首を絞めたのだ。
ああ、彩乃。可哀想な彩乃。一体誰がこんな酷い仕打ちを――。
わたしはおもむろに、その手がどこへ続いているのかを視線で辿っていく。
どう見ても男の手。それも男にしては、力仕事など無縁なような華奢な手。
なぜか見覚えのあるその手は腕となり肩へと繋がって――。
「わぁぁぁー!」
誰でもない、その手はわたし自身の手ではないか。
わたしの手が彩乃の首を……。
そんな馬鹿な……わたしが彩乃の首を絞めている。こんなに愛してる彩乃をわたしが殺すなんてあり得ない。到底信じられない。
あまりのショックにわたしは意識が遠退くのを感じた。
うっすらとした意識のわたしの前に、映画のスクリーンが広がっていく。
そこは公園のようだ。
わたしはベンチのひとつに腰掛け、見るとはなしに目の前の噴水を見ていた。すると甘い香りが漂ってきた。
ん? この香りは……。
忘れようもない、彩乃がいつも愛用しているコロンの香りだ。
思わずわたしは顔を横へ振る。
「彩乃! どうして?」
つい先ほど、わたしの腕の中で骸と化していた彩乃が、こちらを見て微笑んでいる。
わたしの脳は一瞬の躊躇いの後、思考を止めてしまったらしい。
何も考えられないわたしは、彩乃との再会に心が踊り、無意識に伸びた腕で彩乃を抱きしめ、接吻をしようと顔を近づけた。
どさっ!
次の瞬間、わたしの身体は公園の地面に手を後ろについて、ぶざまな姿勢で尻餅をついていた。
「どうして……」
彩乃が可笑しそうに笑っている。