双子魔法使いのお茶会 -翠と碧- + エピローグ
2.ある日の午後 -碧の独白-
-終われないことを悔やむ事はない。
いつか、終わる時が来るのだから。
それが何時か分からないから、苦しいだけ。-
今日は、翠の姿が見えない。
大方、「出来事を間近で観察してくる」と言う名目で、蒼か紅の所に降りていったのだろう。
部屋は散らかりっぱなし。
先日、しっかり片付ける、宣誓させたばかりだというのに。
あっさりと、それを意図も簡単に破られた。
腹が立つ。
翠は能天気だと僕は思う。
例えば、春摘みの紅茶の入れ方。
夏摘みと比べると、実際は湯の温度も、茶葉の量も、浸出時間も違う。
もっと言えば、味も違う。
それなのに翠は、
「いいじゃんよ、飲めれば」
と笑って、喉に流し込む。
量も温度も、時間も。
全て適当。
僕が淹れた紅茶と君が入れた紅茶。
全く同じなんて思っている気がして。
無性に腹が立つ。
(僕のは、温度・量・時間共に正確だ。
だから、その茶葉の持つ最高の味を引き出している、はずだ。)
見えない姿は僕たちに「世界の出来事」を見守るよう伝えた。
謂わば僕らも創られたもの。
創られたものが、創られたものを「見守る」。
それに一体どんな意味があるのか。
-気になるのならば、自分から見ればいい。触れればいい。-
僕の中ではそんな思いが巡る。
僕たちのすることは「見守る」だけ。
手を出す事は許されていない。
どんな結果を迎えようとも、それは「選択されたもの」として。
僕らは眺め続ける。
ただそれだけ。
「気楽に考えろよ」
ふと君の声が耳の奥で響いた。
振り返ったが、君の姿はそこにはない。
余計に腹が立つ。
何で考え事をしている時に翠の声が聞こえるんだろうか。
-…。-
実は、時々こういうことがある。
考え始めて、黒い部屋に入ろうとすると、何故かふと声が響く。
僕が翠と出逢ったのは何時だったか。
そもそも小さい時の記憶なんてものがあるのか。
周囲を振り返ってみても、何も残っていない事に気が付く。
白い空、白い壁。
白い窓、色のない空間。
変わらない天気。
時たまに聴こえる空から降る声。
僕と同じ顔をした(性格は真逆な)君。
そんな中で、僕たちは数え切れない時間を重ねてきた。
それに不満はない。
空の声は、
「君達にはやるべき事がある」
と言って使命、とやらをくれた。
普通は探さないと見つからないものらしい。
何もせずに僕たちは、生きるための使命を手に入れていた。
だが思う。
-そもそも僕らは生きているのだろうか。-
自分の選択なしで、与えられたものだけを。
与えられた見えない時間の中で繰り返すだけの日々で、呼吸をしている。
それは、本当に「生きているだけ」なのだろうか。
僕と出逢ったあの「世界を壊そう」とする者…名を紅と言ったか。
そんな紅は、空から降る声の作り出した「出来事」の一つ。
壊す事が使命とは酔狂な気もするが。
生れた頃の紅よりは、瞳の光が強くなっている気がした。
心のどこかで、僕は、多分…。
-羨ましい…-
のだと思う。
僕らに与えられたのは、多分永遠の時間。
季節感も何もない。
常しえに蓄積されていく記憶。
何もしない僕の両手。
何もしていない僕の両足。
ただ見るだけの、僕の両目。
それが、口惜しいのだと思う。
僕は飢えも乾きも知らない。
富豪である事も、貧困である事もない。
何もない。
だから、きっと。
何かがある人が、どうしようもなく羨ましいのだ。
そちら側の人間からすれば、僕の姿はきっと。
羨望の眼差しが向けられるほどのものなのだろう。
-所詮はないものねだりなのかもしれないな…。-
小さく苦笑して、僕は午後の紅茶の用意をする。
ケーキは残しておかないと翠が怒ることを知っているから。
そっと左に避けて。
変わらない創られた風景を見ながら、僕はこれから先の未来を考えるフリをした。
作品名:双子魔法使いのお茶会 -翠と碧- + エピローグ 作家名:くぼくろ