アカツキに散る空花
あまりに怠慢な二人の台詞に隊長ホオリと副長アスハは渋い顔をするものの、気持ちの上では同感なのだろう。「ミサキ、ウズメ、言葉を慎め」という簡単な注意だけで終わってしまう。
だがその脇で歩くムラクモだけが、どこか悲壮な雰囲気を漂わせて思いつめたように石畳の地面を歩いていた。
そうして歩く五人の前方に、ふと格納庫区域が見えてくる。
神栄天衣と人工天衣は格納庫の区画が別である。ムラクモがそこで別れようとした時……ふいにホオリが、渋面で向き直った。
「……騒々しくて申し訳ありませんでした、ムラクモ様」
「ううん、楽しかったよ。ありがとう、ホオリ隊長」
「ハッ。恐れ入ります」
深く頭を下げるホオリ。
ムラクモは苦笑気味に頷くと、そのまま身体を神栄天衣の格納庫の方角へ向けた。
「それじゃあ、そろそろ僕は行くから」
「ハッ、また後ほど」
「ムラクモ、また後でね!」
「シィイーユウゥッ!」
隊長に続き、ウズメ、ミサキと続き、副長アスハも無言で軽い敬礼をして歩き出す。
ムラクモとサクラ隊は別れると、それぞれの格納庫へと向かった。
「――《神守‐参拾六 アマテラス》起動。マニューバ・モード変更、『和魂』。操縦架固定……圧力七○。各種装置に異常無し。聖玉比率、燃料七対攻術三。中枢動力核、発動」
ムラクモの言葉に合わせて、橙と黄に彩られた大型天衣が甲高い唸りを発し始める。
機体後尾から装甲の隙間に覗く中枢動力核が赤く輝きだす。同時に機体が揺れ、各部に設置された固定装置が伸びて軋む。
その操縦席に乗り込んでいるのは、英傑ムラクモだった。
『管制院からアマテラス。出撃を許可する、三十三番滑走路へ移動せよ』
「了解。――アマテラス、出撃する!」
直後、整備員によって機体各部の固定装置が外された。
機首先に回った整備員が声を張り上げ、身振り手振りで誘導する。
ごくゆっくりと、神栄天衣《アマテラス》が動き出した。
格納庫を出る。地平線まで突き抜けるような滑走路と、その地上を包み込むような青空。
誘導に従い、ムラクモは少しだけ加速する。機体が激しく震動を始めた。
ムラクモは抗うように両手を強く押し込む。緩やかに旋回して三十三番滑走路に滑り込み、それと同時にさらに速度を上げる。
ふと視界の端で、紺青の天衣が空へ上がっていくのが見えた。ヒヂニの《ツクヨミ》だ。
それに遅れまじとムラクモは全力加速。
直後、赤い輝きを後尾から放出しながら――《アマテラス》は浮き上がった。
あれほど激しかった震動が嘘のように収まっている。
視界を埋めるのは青い空と太陽の輝き。
速度と高度はどんどんと上がり、後ろを振り返れば暁航空基地は小さくなっていた。
「……気持ち良い」
ムラクモの第一声は、それだった。
天衣が自分の手足のように思い通りに動く。まるで体に翼が生えたようだった。
「ヒヂニ、感じる? 僕ら、天衣で空を飛んでるんだよっ!」
『ああ、爽快だ。地上を歩くよりもしっくり来るかもしれないな』
ムラクモは思わず笑う。実際、その通りかもしれなかったからだ。
《アマテラス》と《ツクヨミ》、二匹の鋼鉄の巨鳥は夢中で空を翔け回っていた。
『……管制院からアマテラスとツクヨミへ。飛び回るのは構わないが、自分達の練習空域に移動しろ。邪魔だ』
「《アマテラス》了解。……あはは、怒られちゃった。それじゃあまた後でね、ヒヂニ」
『ああ、また後で』
そんな言霊感応を交わして、二機は散開していく。別々の指定空域へ向かうためだ。
その様子を管制院から眺めて、団長ホヒは苦笑していた。
「まったく……。オモチャを与えられた子供だな」
好き勝手に飛びまわっていた二人に苦言を吐く。
あながちそれは間違いではないのかもしれない。思わず小さな溜め息が出た。
そして、とりあえずの離陸を見届けたホヒは身を翻す。団長として他の仕事は山積みだ。いつまでもここで油を売っているわけにもいかない。
やれやれと次は大きな溜め息を吐きながら木戸に手を掛ける。
その時――――部屋全体に、耳障りな警報が鳴り響いた。
空気が一変する。にわかに各員の言霊感応が早口に変わり、慌ただしくなった。
「状況報告ッ!」
振り返ったホヒが管制院を切り裂くように声を張り上げる。
即座に、一人の管制士が振り向いてホヒへ大声を返す。
「空鬼四体が結界内に侵入! 黒一青一が方位三○○から、黒一赤一が方位一二○より接近ッッ!」
「なッ――! 色付きか!? しかもその方位はッ!!」
ホヒが色を失い、大型呪力レーダーを監視する管制士の座席に駆け寄る。その画面上で、二つに分かれた光点が暁中枢に向かって高速で移動している。
だがおもむろに、その針路がわずかに傾いた。
空鬼が進路変更した先には《天照》、《月読》と線で伸ばされて注釈された光点が前進を続けていた。
「第一○五番飛行訓練、中止! 二機を全速帰還させろッ!
今、完全装備で空に上がっているのは何部隊だ!?」
「二部隊ですッ、団長!」
「相手は色付きだ、足りんッ! サクラ隊とコガネ隊を緊急出撃ッ!!」
「了解!!」
ホヒがその指示を出したのとほぼ同時、別の方向から言霊士が声を上げた。
「団長! アマテラスとツクヨミが交戦の許可を求めていますっ!!」
「なんだと……!? 色付きが居ると言え! いくら英傑でも初出撃でこの敵勢力は相手にできん!」
「了解!!」
その返事を聞くなりホヒは別の対応に当たった。一秒でも事態の収拾が遅くなれば、その分だけ空鬼が街に近付く。
言霊士は、装置に向き直り交戦を許可できない旨を二人へ伝えていた。必要も無いのに手ぶりまで交えている所を見ると、まだ新人の言霊士なのかもしれない。
だが紅潮して脂汗を浮かべていたその若者の顔から、ふいに血の気が引いて蒼白になっていく。
「だ、団長……」
「何だ!!」
「二人が……命令を拒否しました」
騒々しかった管制院が、水を打ったように静まり返る。
全員の視線がその言霊士へ注がれる。
言霊士は黙って唇を震わせていた。
『アマテラス及びツクヨミ、こちら管制院のホヒッ! 直ちに帰還しろ! これは団長、――つまり私の命令だッ!!』
「僕は命令を拒否します。英傑に認められる独断戦闘権を行使します」
『こちらツクヨミ、同じく独断戦闘権を行使』
『待て、二人とも! お前達は初飛行だぞっ!!』
「団長……ごめんね。でもたぶん、大丈夫だと思うから安心して。言霊感応、終了」
『なっ――ま』
ムラクモが言霊波数を変更し、地上との交信を絶つ。
同時、別の声が機内に響いた。
『ムラクモ、無理はするなよ』
「ヒヂニもね。それじゃまた、基地で」
『ああ』
状況ディスプレイの『言霊』という文字が消える。
だがムラクモの視線はそちらを向いておらず、前方の空を睨んでいる。そこに砂粒のような点が二つ見えた。
落ち着いた動作で左手の親指を押し込み、弾くように操作する。
天衣が唸りを上げた。