アカツキに散る空花
「案外、最初から死ぬつもりの突撃だったのかもしれん。自分がやると決めた事は絶対に曲げない。
そう……折り紙付きに頑固だったからな、あの方は」
言いながらホヒの口元は楽しげに緩む。
そうしておもむろに彼女は天井を振り仰いだ。はらりと、後ろで結い上げきれなかった髪の一筋が背中へ垂れる。
ムラクモはそっと目を閉じた。
まるでホヒが語る父の姿に触れようとするかのように。
「……少しは、参考になったか?」
おどけたように聞いてくるホヒに、ムラクモは目を開けてしっかりと頷く。
それからもう一度格納庫の一角へ目を向けた。
主の居なくなった、駐機場所へ。
「僕も……父上のように……」
真っ直ぐに射られた瞳は、その視界の端に映っているはずのホさえも消し去っているようだった。ただその場所だけを見つめて。
彼は宣誓するように、胸に手を当てて目を閉じる。
「僕はきっと、この暁を救ってみせます――」
暁という一国をその小さな双肩に乗せようとする少年。
その細い後姿が、なぜかハバリの後姿と重なって見えた。
「ふふ、期待しているぞ。――小さな英傑殿」
その呟く声は、果たして彼に届いたのかどうか。
ムラクモはジッと、《スサノオ》の駐機場所へ向かって目を閉じていた。
●
炎天下のせいで、石畳の滑走路は陽炎が揺らぐ。
着物にぐっしょり汗を染み込ませながら、基地の誘導員や整備員などは炎天下の中を走り回っていた。
「……天気は快晴、風一六○、一の微風。初飛行にはもってこいの良い天候だな」
暁航空基地の第一大作戦室で、壇上に立ったホヒが呟く。
その部屋は五十人ほど入れる大部屋で、椅子が整然と並んでいた。部屋自体は扇状で横長になっており、後ろに行くほど高くなるためどこに座っても壇上に立つ説明役の姿が見える。
今その説明役を団長であるホヒ自らが務めており、それを座って聞くのはこの大部屋にたった二人、ヒヂニとムラクモ。
だが壇上中央に居るホヒの後ろには三人の士官が待機しており、そして両側の壇を下りた場所でそれぞれ四名ずつの男女が直立不動で並んでいた。
「この八名はそれぞれお前達の親衛隊となる。コガネ隊とサクラ隊だ」
ホヒの紹介に合わせて左右の隊は同時に敬礼する。全員、少なからず緊張しているようだ。特に、各隊の隊長と思しき二人はかなり表情が硬い。
だがホヒはお気楽な感じで両隊を英傑二人へ紹介した。
「配属はコガネ隊をヒヂニに、サクラ隊をムラクモに付ける。両英傑、よく可愛がってやれ」
ホヒが両隊に座れと合図を送る。
八人は一斉に動き出すと、ムラクモとヒヂニの後ろの席に並んで座った。
全員が着席したのを確認してホヒが再び口を開く。
「さて、それでは飛行訓練についてだが。今日は英傑二人の初飛行であり、それについて説明する」
ホヒは後ろの情報士官へ目配せすると、彼が進み出て淡々と飛行計画について話し始めた。
暑い部屋は窓も襖も開け放たれているが、風の一つも入ってこない。代わりに飛び込んでくるのは騒々しい虫の声と基地の騒音、どこかで何事かを叫ぶ声だけだ。
「――……から一時間後、親衛隊が英傑機に合流。そこからさらに二時間の編隊飛行後、基地に帰還せよ。
今回の飛行訓練は以上だ。諸君、幸運を祈る」
お決まりの言葉を贈られると、それで作戦会議は終わった。
説明を受けていた各員は立ち上がり、一斉に部屋の出口へと歩き出した。
出撃までの時間は、自然な流れとして新しく部隊を組んだ彼らの交流に当てられた。
格納庫へ向かう道中で、サクラ隊長空津 火織(そらつ ほおり)はムラクモの二倍はある太い腕を改めて差し出す。
「ムラクモ様。必死に付いていきますので、どうぞよろしくご教授下さい」
「いやあ……あはは。僕も頑張るね」
一回りも身体も年も大きなホオリから真っ直ぐに言われ、ムラクモは反応に困った。
そのがっしりとした隊長の横からは、ひょろりと細長い男が進み出る。身長はホオリよりも高いはずなのに、横幅が無いせいか同じぐらいに見える。
「副長のアスハです。精密射撃などに自信があります。どうぞよろしくお願いしますねえ」
柔らかな笑みを湛えた屋敷 明日葉(やしき あすは)が長い腕を伸ばして手を差し出す。
「はーい、三番手ウズメ。ムラクモが来たなら百人力。バンバン空鬼を狩っちゃおうね!」
さらにアスハ達とは反対側から明るい声がかかった。
ムラクモが振り向くと、肩ぐらいまでの赤褐色の髪を揺らす神楽 宇受女(かぐら うずめ)が笑顔で立っていた。ほっそりとした彼女はムラクモに近付くと、軽く二、三度その肩を叩いて「よろしくね」と気軽に挨拶する。
それを見た隊長ホオリの表情が一瞬で強張った。……が、ムラクモが「あ、うん。よろしくー」と何でもないように挨拶しているのを見て、ホッと安堵の息を吐く。
さらにそんなウズメの隣からムラクモと同い年ぐらいの、この顔触れの中では一番身長が低い女が顔を出した。
そしてキラキラと人懐っこそうな笑みを浮かべる。
「ナンバー4、ミサキですー! チャームポイントは指の長さっ。見て見て、ロングでしょー! ローング! 凄いミラクルパワーを期待してます、ムラクモ様! フューチャー!」
「……。ねぇ、言ってる事が全然分からないわよミサキ? 何を期待するの、ムラクモに?」
ウズメが怪訝そうに聞き返す。
ミサキと呼ばれた長い髪の少女、鳥見 御先(とりみ みさき)は驚きで目を見開き、手振り身振りでウズメに向き直った。
「そ、そんな! え、ミラクルパワー知らない……っ!? 超凄い力の事だよ、超凄い力! 新語ではパワーっていうの!」
「ふーん……わざわざ新語で言わなくても、普通に超凄い力! って言えば良いじゃない」
「違うの! そうじゃないの! 新語だから意味があるの!」
ムキになるミサキを、はいはいと適当になだめるウズメ。それから苦笑しつつムラクモに耳打つ。
「ごめんね……この子、新語に凝っちゃってて。私がこの子の姉貴分みたいな感じなの。よく暴走するけど根は良い子だからね」
「あ、そうなんだ。僕も新語は軍事用語ならある程度は知ってるけど……」
「ううん、日常会話で凝ってるから、タチ悪いのよ……。ま、我慢してやって」
ムラクモは頷きつつ、ウズメに曖昧な笑みを返す。
新語とは、ほとんどがカタカナで表記される言葉の事だ。その歴史はまだ五十年と浅く、さらに今も作られ続けている為にその定着度は低い。
だが一方で、単語の短さなどから軍などでは積極的に取り入れられてもいたりする。
しかしほとんどが既存言語の置き換えのせいもあり、必然性の無い新語が日常会話で使われる事は稀だった。サクラ隊の五人の中でも、分かるのは凝っているミサキぐらいの者らしい。
「でも親衛隊になれてグッドですよー。英傑のムラクモ様がいれば、私達なんて戦闘に参加する必要無いですもんねー。ハッピー!」
「まぁアタシ達の出番なんてちょっと援護するぐらいじゃない? 任務が楽になりそうねー」
通常の任務で相手にする空鬼の数は通常二、三体。その程度の数ならば神栄天衣に乗る英傑の敵では無い。