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アカツキに散る空花

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『次で最大感度だぞ。大丈夫か?』
 機内に響く男の声。天衣の操縦関連を調整するために別の部屋で控えている整備班長からだった。
 ヒヂニは強く頷く。
「ツクヨミは運動性能が命だからな。レスポンスは早ければ早い方が良い」
『やれと言うならやるが……無茶だぞ、これは。どうなっても知らんからな』
「ああ、心得た」
 何しろ天衣の場合は操縦士が上手く扱えなければただでは済まない。墜落し、天衣も操縦士の命も失われる事になる。
 だがヒヂニは余裕の表情で調整を待つ間、格納庫の一角から機体へ伸びる調整用の太い管を眺めていた。時折何本かが発光し、この《ツクヨミ》に干渉しているのが分かる。
 しばらくして、「言霊」の表示が灯る。
『終わったぞ。試してみてくれ』
 ヒヂニは濃緑色の状況ディスプレイに向き直り、操縦架へ差し込んだ指先に力を込める。
 直後、画面上の天衣簡略図に光点が灯った。右翼付け根から直線状に、三つ。
 ヒヂニが指先の力を緩めると翼先端の方から光りが一つずつ消えていき、触れるか触れないかの感覚で光点は一つだけ残った。そこから僅かに力を込めていく。付け根から翼端へ向かって光点が増えていく。最終的に、光点は七つに増えた。
 ヒヂニが振り返ると、《ツクヨミ》の可変翼の上に立つ整備員は親指を立てる。各部の開閉装置……姿勢制御のための推力噴出孔は問題なく作動しているようだ。
「良い感じだ。調整を終了してくれ」
『了解。……本当に大丈夫なんだな? 駐機している今と違って空戦機動中はもっと揺れが激しいんだぞ?』
「ああ……大丈夫。これぐらいなら許容範囲だ。本当はまだもう少し余裕がある」
『……やれやれ。お前の親父さんもそうだったが、戸塚家はまさに職人の家系だな』
「そうかもな」
 適当に相づちを打ちながら、ヒヂニは左手親指を動かす。
 直後、四肢を固定していた操縦架が音も無く上下に開いた。二重構造になった円筒から両手両足を抜き取ると、ヒヂニは竹を縦割りにしたような操縦架を手前から奥の方まで軽く見渡して点検する。
 その一番奥には、手形上の窪みが付いた球形物体がある。「制御球」と呼ばれるそれに手を乗せ、天衣を操縦するのだ。材質は柔らかくて粘土のように形が変わり、出撃毎に自分の手にあった大きさと手形に自動調整される。
 足は制御底と呼ばれる、単純構造の操作装置になっていた。つま先か踵を踏み込む事によって、機体下の開閉装置が起動する仕組みだ。神栄天衣の場合、左足は使用しないが。
 ヒヂニはそれらに異常が無い事を確認すると、状況ディスプレイ横にはめ込まれた「力現装具」という小さな珠を外した。
 状況ディスプレイの各種表示が消失する。ヒヂニは珠を天衣搭乗着の胸ポケットに入れて口を紐で縛ると、そのまま風防を押し上げた。
 格納庫の騒音が三倍増しで耳を叩く。
 調整が終わったのを見て、《ツクヨミ》の腹下へ整備員の何人かが潜り込んで行く。本格的に整備と点検をするのだろう。
 ヒヂニは縄梯子を下ろしながら、ふと……斜め正面方向へと目を向ける。
 そこにはいまだ調整中の二回りも大型神栄天衣――橙と黄が大胆に配色された《アマテラス》が鎮座していた。その操縦席に乗り込んだムラクモが真剣な表情で調整に励んでいる。
 普通の天衣に比べても大型機である《アマテラス》はその分だけ姿勢制御装置が多くなり、操作も難しくなる。他にも大型にすれば多種多様な短所があり、決して良い事ばかりではない。
 ヒヂニは機体から下りてその大型機を眺める。ムラクモに扱い切れるのかという疑問と少なくない羨望を滲ませて。
 もしも自分なら……この《アマテラス》でさえ乗りこなせるだろう。
 彼にはその自信があった。そのための努力は幼少の頃からしてきたつもりだった。
 例え戸塚家が代々《ツクヨミ》の操縦士に選出される家系だったとしても、ヒヂニはこの《アマテラス》の操縦士になる少ない可能性に賭けて、――腕を磨いてきたのだ。
 ……暁の国章となっているのは、日が昇る様子を表した半円。
 つまり太陽こそが暁の象徴である。
 そして神栄天衣《アマテラス》は太陽神。父祖神イザナギが生み出した三貴子と呼ばれる子供達の中で、長女として神々の支配者の役割を持つ女王の名だった。
 ふいに、ムラクモが手を振るのに気付いてヒヂニは我に返る。軽く微笑み、手を振り返す。
 それから身を翻して格納庫の出口へと歩き出した。最後に、背中越しに後ろを一瞥してから。
「……期待させてもらうぞ、ムラクモ」
 選定の儀で自分が選ばれなかったのは、父祖神イザナギの意思。
 ならばせめて、自分が納得できるだけの理由をこの目で見たい。
 あいつこそが《アマテラス》の操縦士だと心から言えるような、理由を。
 ヒヂニは大きく深呼吸する。油っぽいのに清廉という不思議な臭いのする、燃料用神水の空気を肺一杯に吸い込んで、吐き出す。
 それから彼は踵を返すと、今度こそ日の没した格納庫の外へと出て行った。


「なんだ。まだ残っていたのか?」
 《アマテラス》の調整が終わり、整備員達が総がかりで神栄天衣の整備と点検をする格納庫。
 その端でぼんやり立っていたムラクモへ、声が掛かった。
「あっ」
 振り向いた彼が驚きで声を上げたのも無理は無い。
 なぜならそこに立っていたのは――暁航空団長ホヒだったからだ。
 彼女は布衣という質素な作業服を着ていて威厳も何も無い。知らない者が見れば整備員の一人と思っても不思議ではないぐらいだ。
 しかし、およそこの基地内で彼女の顔を知らない者は居ない。
 ムラクモは少しきょとんとした様子で、半ば無意識に敬礼していた。
「遅くまで残ってるんだな。まだ何かしていたのか?」
「いえ。ただ、ちょっと立っていただけで」
「ふむ、立っているだけね……。明日の初飛行が心配なのか?」
「……ん、いえ。飛行には自信があります」
「ほう。それは良い」
 ホヒは相づちを打ちながら、心ここにあらずといったムラクモへチラリと視線を向ける。
 そして小さな笑みを浮かべる彼の視線は、……天衣二機のさらに隣、不自然に何も無い空間へ注がれている事に気付いた。
 ホヒはそれで合点すると、神妙な顔付きでムラクモに訊く。
「ムラクモ。お前は父親の事……ハバリ様の事はいくらか覚えているか?」
「はい。……少しだけですけど」
 外から差し込む薄赤い光の下で、ムラクモは寂しげに微笑む。夏虫達の声が、整備員の点検項目の読み上げが途切れる隙間を埋めていた。
 この神栄天衣専用格納庫は、天衣が出入りするための通路ともいえる中心の空間を挟んで、正面入り口から左奥に《アマテラス》、右中央に《ツクヨミ》が駐機してある。
 だがさらに左手前にはもう一機、《スサノオ》が駐機する場所だったのだ。
 しかしその一角は様々な整備道具が整然と並べられており、沈黙を守っている。まるで、主を待つ従者のように。それはどこか寂しげで、……あるべき物が足りていない姿だった。
「昔、私は《スサノオ》の親衛隊長を務めていた。つまり、……お前の父上の」
「……はい、知っています」
 その返事を聞くと、ホヒは苦笑する。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう