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アカツキに散る空花

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 全身から力が抜け、地面に膝を付く。後ろで纏めた長髪がハラリと地面に垂れた。
 ――身命を賭して暁を護りぬいたムラクモ。
 ――誇りまで魔物に売り渡そうとした自分。
 評価されて良いはずが無かった。
 こんな自分が。
 両手を地面につき、ヒヂニは門の前で子供のように泣き崩れる。
 この屋敷を訊ねる勇気など、沸いて来なかった。
 なんと詫びれば許されるというのだろう。
 莫大な借りをどうすれば返せるというのだろう。
「くそ……っ、俺は……俺は……なんてアホウだっ……っ!!」
 地面に頭を擦り付けて、両手で砂を掴む。
 それは普通なら異常な光景だったが、この惨状の直後ではそれほど目立ちはしなかった。悲嘆に暮れる人など今は珍しくは無い。
 誰も彼に触れようとはしなかった。
 ただ一人を――除いては。
「――ヒヂニ?」



「ようやくお熱も引いてきましたね、イツ様」
「……ん、もうだいぶ良くなったぞ」
 寝具に横になったイツは、唇を尖らせて侍従のイクコを見上げる。
「だから、もう良いじゃろう? ちょっと起き上がるぐらい。もうかれこれ三日も寝てばかりじゃ」
「だーめーですよっ、イツ様! あれほどの大仕事をした後ではありませんか! 大事をとってあと二日はお休みになられて下さいませ!」
「二日……」
 げんなりと呟いたイツが寝返りを打つ。拗ねるようにイクコへ背を向けて目を閉じた。
 ……あの戦いの途中からイツの記憶は無くなっている。気付けばこの部屋に寝ていて、イクコから「戦いは終わりました、暁は平和になりました」とだけ聞かされたのだ。
 はっきり言って実感は無かった。
 三日もこの部屋に閉じ込められて、イクコの他に数人の侍女も来たが……みな大体は同じ事を言う。だが本当は……もう暁は滅びたのでは無いか、と時々不安になる事がある。
 イクコが部屋を出た隙に窓の外を覗いてみても、暁宮の外に廃墟のような街が見えるのもその一因だった。
 だからムラクモの事を聞いて「無事ですよ! 五体満足で無傷です!」と返って来る返事は、なおさらイツには信じ難かった。例え本当に暁は滅びていなくても気を失う直前にイツは見たのだ。空から飛来してきたあの光球――。
 一目で分かるぐらいに暴走した――《アマテラス》を。
 ……と、その時。
 ふいに、階下の方から侍従達の悲鳴が上がった。
「なんじゃ?」
「はて、食器でも割った……にしては、かなり騒いでおりますね」
 侍女達が生活する中殿一階の方から、阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡っている。それが中殿二階の皇女の私室にまで届いていた。
「……はれん……ですわ!」
「いやぁー! へ……!!」
「……はて、いかがしたのでしょう? 少し様子を見て参りますね。イツ様は起き上がってはなりませんよ」
 イクコはそう言い置くと、怪訝そうに首を傾げて立ち上がり部屋を出て行く。
 パタリと障子が閉まり、一人残されたイツはジッと耳を傾けていた。
「……これ、どうしたのですか。二階では皇女様がお休みなのですよ」
 階段を下りながらイクコが他の侍従を叱り付ける声が響く。
 だがそれに対する返答は幾つも同時に重なり、イツには全く聞き取れなかった。
 さらにはそこへ警護兵達が何やら叫びながらやって来る気配がする。だが直後、彼らは一瞬だけ沈黙した。
 そしてふいに裏返った声で叫びだす。
「……ひ、ヒヂニ様! ヒヂニ様ご乱心!!」
「ヒヂニ様、どうして裸で……!!」
「う、うるさい! 裸では無い、フンドシを付けているだろうがっ!! ……くそぉ、ムラクモめっ!! こんな無茶な要求を……!!」
「いやぁー、変態っ! 変態よぉっ!!」
 そんな冗談のような声ばかりが響いてイツの頭は混乱した。
 階下の状況を想像しようとして、何度も失敗する。どうにか納得できそうな光景を想像しようとすると、無理難題に悩んだ頭が熱を上げてしまいそうだ。
 これ以上具合が悪くなってはたまらない。イツは階下へ注意を払うのを断念して寝返りを打つ。
 ふと、その拍子。
 騒ぎとは別の方角、中殿の裏側に当たる窓から音が飛び込んできた。
「――イツ……! イーツーッ!!」
 いや、それは音ではなく声。しかも聞き間違いでなければ――。
 イツは慌てて寝具を押し上げて起き上がる。乱れた長い髪の毛を手の平で直すのもそこそこに、窓の側へと駆け寄る。
 そしてそのまま竹網戸を押し開くと、身を乗り出した。
「――イツ! あ、やっと出てきたね」
 そこに――――笑顔を浮かべたムラクモが立っていた。夏の陽光の下、和紙で包まれた百合、小紫、リョウブ、山紫陽花などなどの色とりどりが集められた花束を抱えて。
 イツは唖然としながらも……どうにか声を絞り出す。
「ムラクモ。どうしてこんな所に、おるのじゃ……?」
「ふふふ、お見舞いに来たんだ。ヒヂニにも協力してもらってさ」
 太陽の光を浴びて眩しいほどの笑みをムラクモが浮かべる。
 イツは思わず目を細めて、顔を逸らすように一度後ろを振り返り……もう一度ムラクモを見下ろす。
 その表情は落ち着きを取り戻し、少し呆れたようだった。
「ではあの騒ぎは……そなたの仕業かや」
「うん。何でもするって言うからさぁ……。まぁあれぐらいしてくれたら……ヒヂニも気がすむだろうし」
 くすくすと笑いながら話すムラクモ。
 少し話の要領を得なかったが、なるほど確かに辺りに警護兵の姿は無い。どうやらあちらの騒ぎへ加勢に行っているようだ。
「まったく、そなたという奴は……。――――無事、だったのじゃな」
 イツは涙が出そうになるのを堪えるように、そんな言葉を喉から絞りだした。
 ムラクモは一つ頷き、ふいに空を見上げる。
 あの戦いの時、神の姿をした光柱が現れていた空を。
「……あの瞬間、僕は神の両腕に抱かれたんだ。
 そしたら視界が真っ白になって、……気付いたらもう畳の上だった。
 覚えて無いけど、アマテラスは神の光を突っ切った後すぐに不時着したんだってさ」
「そうかや……それで無傷とは。きっとイザナギ神が――救ってくれたのじゃな」
 暁を建国したとされる父祖神イザナギ。かの神があんな形で姿を現すなどという奇跡は、国が始まって以来の出来事だった。
 神は暁と、……そしてこの英傑を救ったのだ。
 だが当の英傑二人は、今やこんな騒ぎを引き起こしていたが。
「イツッ」
「……ん、何じゃ?」
 イツはふと我を取り戻したように返事をする。
「そういう事で、約束通り帰って来たよ。――ただいま、イツ」
 だから一瞬、心の準備が出来ていなかった。
 イツの胸の中にふと温もりが満ち溢れ、思わず顔が綻んでいく。
 そして満面の笑みで頷いた。
「当然じゃ、わらわとの約束なのじゃぞ。……おかえり、ムラクモ」
 ムラクモも嬉しそうに頷く。
 それだけで二人の心に暖かな幸せが満ちた。何気ない平穏、日常の会話。それを交わせた喜びに。

「――……ヒヂニ様! とうとう捕まえましたぞっ……――!」

 ふいに遠くから聞こえた野太い声が二人の耳にも響く。
 どうやらヒヂニが捕まったらしい。騒ぎが終わればこちらにも警護兵が戻ってくるだろう。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう