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アカツキに散る空花

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 魔物は尾を動かし、巨大な火球を溜めた口の内側へ《アマテラス》を放り込んだ。
 さらに操縦席へ鋭く太い牙を振り下ろす。天衣の一機や二機、難なく砕きそうな龍鬼の牙が《アマテラス》へ触れた瞬間――だがその先端が溶け落ちた。
「――ギァアアアァアアッ!?」
 悶絶し、苦痛の咆哮を上げる龍鬼。
 その口腔から黄赤色の輝きが漏れ出す。だが、自らが含む火球の光では無い。
「灰塵に帰せ……八首龍鬼――!!」
 それは巨大な火球よりも強く輝く、橙の光球。
 その周囲に浮かび上がる『天照陽弓満射』の赤い文字が、掻き消えた。
「――オノレェェエエ、愚劣ナ人間風情ガァアアア――ッッッ!!」
 憎しみの断末魔が響き渡る。
 その直後、八首龍鬼の最後の首が異様に膨らみ――――空を震わす轟音と共に弾け飛んだ。
 同時に、灼熱の炎を辺り一帯に噴き上がる。
 その中から出現した巨大な光球が、数百発の黄金魔弾を全方位に放射する。
 亀裂の中に残った八首龍鬼の胴体が爆炎に包まれ、その衝撃が亀裂を岩で塞ぐ。さらに周囲を取り囲む空鬼達に向かっても何百発の魔弾が爆ぜた。
 あまりに苛烈な爆発に耳をつんざく轟音が響き渡り、――空が黄金に染まった。
 その中心から現出した小さな太陽が、黄金魔弾を振りまきながら上昇を始める。
 空を埋める空鬼達を、地獄から這い出ようとする鬼どもを、豪圧的な黄金の爆炎が包み込みながら。



『団長! 十時の方向、正体不明機が高速接近しています! コレは……!?』
「……総員警戒! 衝立岩戸を護れ!!」
 団長ホヒの言葉に二百機弱の天衣が態勢を整える。その後方には数十機の《木鶏》で運ばれる《衝立岩戸》があった。
 その航空団の先鋒を務める純白の天衣群……イザナギの軍勢が空鬼達を撃退している。
 しかしそのはるか前方、《黄泉岩戸》の方角から巨大な炎球が高速飛来していた。
 しかもそれは――怒り狂うように空鬼達の群れのそこかしこで爆炎を噴き上げながら。
「何だアレは……!? 来る……来るぞ……!」
 ホヒですら、動揺を抑えきれずに叫ぶ。
 そして息を呑む航空団の眼前に、果たしてそれは飛来した。
 黄金の魔弾を吐き散らしながら、空鬼達を駆逐する橙の光球。
 だがそれはつい数日前に見た事のある――物体だった。
「……アマテラス? ムラクモなのか!?」
 ホヒが驚いたように言霊感応で話しかける。
 だが光球は何も答えずに航空団を通り過ぎる。後方、暁へと。
『突破されました! 追いますか!?』
「……無駄だ、我々では追いつけそうに無い」
 目算で見る限り、あの炎球の速度は《天燕》の最大速度を超えている。さらに言えば、恐らくはあの物体の正体は――《アマテラス》なのだ。
 だがその様子は明らかにおかしかった。
「一体どうしたというのだ……ムラクモ」
 そんな独白を、ホヒは機内で一人ごちた。
『……だ、団長、イザナギ神の軍勢が――』
 ふいにそんな通信が響く。
 我に帰ったホヒが視線を巡らすと、純白の天衣は機首を翻して暁を戻り始めていた。
 《アマテラス》を追いかけるように。


「あぁああああああああああああッッ!!」
 全身が炎のように熱い。空を駆けていく。砕かれたはずの翼が生え、全ての力が解放されていた。
 空を覆っていた黒い鬼達も居ない。まだまだ、もっと倒せるのに。だって、僕は――。
 天空の支配者《アマテラス》だから――。
 ……ふいに、前方に光が見えた。自分と同じぐらい……いや、自分より強い光を。
「あれは……な、に?」
 眼下に広がる街。そこから立ち上がる一本の光柱。
 いや……それは光の巨人だった。しかもひどく懐かしい気がする……。
 自分よりも高貴な――。
 いつの間にか周囲を、純白の天衣が並走していた。
 このまま進めと、《アマテラス》を誘導するように。
 それに逆らわずにムラクモは加速する。全身に風を感じる。炎のような熱さが……いつの間にか、暖かな温もりに変わっていた。
 光の神が――こちらを見ていた。
 神が両手を差し伸べる。その中へ僕は吸い込まれて行く。まるで生まれた場所に帰るように。
 視界が白い光に染まっていく。
 眩しさに目を閉じると、風の音は鳴り止んでいた。

 代わりに暖かな温もりが――――全身を包み込んでいた。
▼.終刻

 薬草の臭いが呼吸に漂っていた。
「……ん」
 まどろみの中からゆっくりと意識が浮上していく。
「ああ、気が付きましたか?」
 見知らぬ老人が心地の良い低い声を響かせて、こちらの顔を見下ろす。しわがれた声だった。
「ここは……」
「暁航空団付属医院でございます。
 三日も寝込んでおりましたが。いやぁ、無事お目覚めになられて良かった――」
 ぼんやりとした頭で老人の話を聞く。
 その説明が頭の隅々に染み渡るまでに、数秒の時を要した。
「…………、俺は」
「軽傷です。
 五体満足で無事でございますよ、――ヒヂニ様」



 暁の街は無秩序な人と物で溢れ返っていた。
 辻ごとで酒樽、竹串。家屋の木片、道で寝ている男。天衣の破片、石畳の破片、駆け回る子供、荒縄、楽器、神輿、その他ありとあらゆるモノ。
 さすがに死体だけはいち早く片付けられ、暁の共同墓地へと運ばれているようだった。
 だが、多くの命が失われた痕跡は隠せない。暁航空団は総戦力の七割が失われ、さらに空鬼襲来で受けた被害も大きく、二次被害の火事や事故も合わせて死者は三千名を超し、怪我人は重軽傷者を合わせれば万にも届くかもしれない。
 だが街の悲観的な様子は余り無かった。
 泣く者があれば皆で励まし、虚脱してへたり込む者に誰かが肩を貸す。
 大規模な戦いから一週間を経たずして、暁は早くも復興作業が始められていた。
 あの日、誰もが神を見た。
 純白の奇跡の軍勢を見たのだ。
 民間信仰として死んで行った者達の魂は、その機に乗って行ったと自然に考えられていた。生き残った人々は早く神国を復興させて、彼らの事も祭ってやらなければならない。その思いから人々の立ち直りは早かったのだ。
 だが一人。
 荒廃した街を歩きながら、事の重大さを改めて噛み締めている者が居た。
「……俺は……」
 ヒヂニは憑き物が落ちたように、歩きながら呆然と呟いた。
 やはり立ち直った人々ばかりではない。むしろ道端で悲しみに浸る人々に会うのは珍しく無かった。
 それを見るたびヒヂニの胸はズキズキと痛む。
 そうして悔恨の念に疼きながら歩いて、とうとう彼は目的の場所へ辿り着く。
 息を止め、ヒヂニはその門を仰いだ。
 英傑、天野家の屋敷。
 ヒヂニはそこで立ったまま……動けなくなっていた。
 結局、亀裂はムラクモの活躍により《衝立船戸》で完全に塞ぐ事に成功した。
 だがその功績の一部に、どうしてか自分は組み込まれていた。事情を知らない高官達は自分が鬼達に撃墜されたものと見られたらしい。
 それが死力を尽くした証拠とされ、その功績で戸塚家は正式に英傑と認められたのである。
 十津家の台頭は無くなり、姉ミツハの婚約も岩塚家の全面的な謝罪で再び結ばれた。
「だが……俺は……っ!」
 溢れる悔し涙が、ヒヂニの瞳からボロボロと零れ落ちる。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう