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アカツキに散る空花

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 沈黙を保ったまま亀裂上空を高速で周回する。距離を置いてそれを取り巻く空鬼達が、牙鳴りを発していた。
 ふいに八首龍鬼が猛々しく笑う。禍々しく大気が震える。
「――言葉モ出ヌカ? 我ガ憎イカ? 地獄ノ取引ヲ持チカケ、オ前ノ仲間ヲコチラ側ニ引キ込ンダ我ガ――。
 ――ダガ、ソレモアノ人間ガ望ンダ事ナノダ。我ハ決シテ強制セヌ。シカシアノ人間ハ――自発的ニオ前ト矛ヲ交エタ。自ラノ考エデ――オ前ヲ殺ソウトシタノダゾ――」
 秘め事のように囁く八首龍鬼。
 そんな魔物にムラクモは、冷淡な一瞥をくれた。
「……だから何?」
「……ナニ?」
 一刀両断で切り捨てたムラクモの言葉に、怪訝そうな声で聞き返す魔物に、ムラクモは心底呆れたような深い溜め息を吐いた。
「ベラベラ喋るな、八首龍鬼。何を言葉にしたとて変わらないよ。
 お前の選択肢は二つ。このまま地底へ逃げるか、戦うかだ」
 ムラクモの口調は淡々としていた。
 赤い目を燃やす八首はふいに笑みを消し、無表情に牙を剥く。
「――父ニ良ク似テ、頑迷ナ男ヨ。アノ男モ死ヌソノ最期マデ抵抗シテイタ――」
「……会話にならない、か」
 橙と黄の天衣の挙動は全く乱れない。幼い頃に亡くした父の話を切り出されてすら。
 だが八首龍鬼はおもむろに頷くと、無表情のままで口を開いた。
「――ナルホド。神守ニ呑マレヨウトシテイルノカ……。
 人間ヨ、我ト牙ヲ交エレバ、モウ二度ト神守ト離レラレナクナルゾ。オ前ノ帰リヲ待ツ人間ノ元ニモ戻レナイ――」
 言われて、ムラクモの頭にイツの顔が思い浮かぶ。出撃前に交わしたあの約束と共に。
 そして八首龍鬼はそれを見透かしたように口を開く。
「――和平ヲ結ボウ、人間ヨ。一旦ココハ引クガ良イ。ナラバ我モ全テノ鬼達ヲ退カセヨウ。
 決着ハマタ後日ニ付ケヨウデハナイカ――」
 ――誰しもを誘惑するような甘い囁き。
 ムラクモは半眼で魔物を睨み、答えた。
「断る」
「――――ナ、ニ?」
 即座の一刀両断だった。
 余りにも間髪入れない拒絶に、八首龍鬼でさえも言葉を失う。
 だが魔物はすぐに表情を歪めると、口から火焔を吐き散らしながら叫んだ。
「――自分ノ立場ガ分カッテイルノカ人間ッ! 甘イ顔ヲスレバ図ニ乗リオッテ! ソノ高慢ナ態度ヲ後悔スル事ニナルゾッ!!」
「自分の立場が分かっていないようだな――八首龍鬼」
 対するムラクモが凛とした声を響かせる。
 黄と橙の天衣が空を舞い、太陽に重なって地上へ鋭い機首を向けた。
「お前のような下劣な鬼が、天空の支配者《アマテラス》と取引を結べると本気で思っているのか?
 身の程をわきまえよ、――――雑魚鬼」
「ッ、――――オノレェェエッ、言ワセテオケバァアア!!」
 鬼の十六の瞳が激怒の炎で赤く燃え上がり、八首は牙を剥いて大口を開け放った。
 八方から噴き放たれる――巨大な炎球。
 それが八首へ急降下を掛けていた《アマテラス》へ迫り、反応する暇さえ与えずに盛大に爆ぜる。
 八つの燃え盛る灼熱の炎は互いに絡み合い、貪欲に獲物を喰らう獣のように乱舞した。空を黄白色に染め上げ、ほとばしる熱風は距離を取った空鬼の元まで押し寄せる。
 山一つを一瞬で焼き払えるほどの威力。
 その圧倒的な破壊の炎の中心で――しかし、その天衣は原型を保って浮いていた。
「――バ――カナ――」
 その大型天衣は確かに焼き焦げ、装甲が溶け出してボロボロだった。青白い火花を各部から噴き上げながら、黒い煙をその場に漂わせている。
 しかし、それだけ。
 砕け散りもしなければ、天衣の機動が乱れることも無い。ただ熱された空気で陽炎のように揺らめきながら静止していた。
 ――しかもその損傷が、徐々に塞がりつつあった。
 天衣表皮の装甲が蠢き、損傷を侵食するように覆っていく。各部で瞬いていた火花が消え始め、黒煙は止まる。
 表面の溶け出し焼け焦げた装甲が剥がれ落ちると、その下から真新しい黄と橙の鋼鉄が姿を現す。
 そして尾翼の装甲下からは暁の国章――半円の紋章が現れ、その下には文字が浮かび上がった。

《神守―参拾六 アマテラス》

 天衣は全くの無傷で、そこに浮いていた。
「その程度か、八首龍鬼」
「――ッ――!」
 静止していた《アマテラス》が瞬時に加速し、八首龍鬼の首へ魔弾『草薙』を叩き込む。緑色の爆炎が鋭く数度噴き上がり――首を焼き千切る。
 瞬く間に七本の首が奈落の底へ落ちていく。
 残った最後の首の正面へ《アマテラス》は旋回し、外しようの無い距離で照準する。慄くように八首龍鬼が表情を歪ませた。
「――マ、待テッ! ハヤマルナ、人間ヨ――!」
「消え去れ、魔物――ッ!!」
 視界一杯の巨首へ「発射」の赤い文字が灯る。
 そしてムラクモが魔弾を発射しようとした瞬間――ふいに衝撃が襲った。
「なっ――!?」
「――カカリオッタワァ! ハッハッハ、油断シタナ愚かな人間ヨッ――!」
 視界から急に怪物の顔が消え、上空を向いたままで身動きが取れなくなる。ムラクモは戸惑ったまま機首から出っ張った鏡越しに、状況を確認した。
 後方にこちらを見上げて轟々と笑う八首龍鬼。
 その遥か眼下、亀裂の下に収まった巨体から――八つの尾が真っ直ぐ伸びて《アマテラス》に絡み付いていた。
「――散々調子ニ乗ッテクレタナ、小童ヨッ! コノママ握リ潰シテクレルワァッ!!」
 その声と同時、八つの太い尾が尾翼を巻き込みメキメキと音を立てて粉砕する。神栄天衣は悲鳴のような被弾警報をかき鳴らした。
「ぐ……ぅうっ!」
 操縦席でムラクモも悶えるように呻いた。《アマテラス》と同化し過ぎたせいか、全身を締め付けられるような息苦しさを覚え、背中の骨盤辺りが砕けた感覚が走る。
 次に――両腕。あらぬ方向に捻じ曲げられるような不快感と激痛。
 八つの尾に《アマテラス》の両翼がへし折られ、その破片が尾の下で装甲を切り裂いていた。
「あぁぁ――ぁああッッ!!」
 締め付けられる全身が、音を立てて軋み始める。
 心臓を護る肋骨が、音を立てて折れていく。ムラクモはとっさに自分の身体を見下ろした。
 しかし、そこに全身に感じるような異変は全く見られなかった。半透明に透け始め、輪郭をボヤケさせている以外は。
 神栄天衣との同化現象『夢没』は――ギリギリの所まで進行していた。
 バキッ
 致命的な音が胸の内から響き渡る。
 ――――イツ、ごめん。
 肺が肋骨に貫かれ、装甲の破片が中枢動力核を貫く。
 そしてそのままさらに中心の核へ迫る。
 その間、出発前に交わした大切な約束を思い出していた。「絶対に帰って来る」と言った自分の言葉を。
 でも。


 ――――僕はやっぱり、ダメかもしれない。


「あぁああああああああああああああああ――ッッ!!」
 ムラクモが咆哮する。ディスプレイが独りでに色を変える。赤から黄へ。
 マニューバモード移行、『奇魂』。
 同時に視界を染め上げていく「発射」の赤い文字。それを見もせずにムラクモは両手の先で形の変わった制御球、強く握った神剣を――力任せに振りぬいた。

《天衣固有術:発動》

「――サセヌワァ――!!」
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう