アカツキに散る空花
「よし、よく来た! そのまま前進して我々本隊と合流しろ! 《ツクヨミ》は!?」
『こちら《ツクヨミ》、《アマテラス》に約十キロ遅れて飛行中』
「……その声はヒヂニだな? よく戻ってきた、頼りにしているぞ」
『……っ、了解』
一拍遅れて、ヒヂニの返事があった。
恐らく議論を待つ時間も無く敵の襲来があった事で、慣例通りにヒヂニがそのまま《ツクヨミ》の操縦士に選ばれたのだろう。ネソクの後押しもあったのかもしれない。
そうこうする内に航空団が第二防衛空域に到達する。
ホヒは天衣の機首を上げて一八○度の反転を掛ける。後退はここまでだ。
後ろに続いていた天衣達も、後尾や翼から青い輝きを発して身を翻し始める。
既に後続の天衣部隊が航空団の両翼に回っていた。その中心に本隊が入る事で、半包囲網の形となる迎撃陣が完成する。
「総員、反撃開始!! 空鬼どもが悲鳴を上げて逃げ出すまで叩き潰せッッ!!」
ホヒの合図と共に、空鬼達へ一斉に光芒が走る。
三方位から放たれた青白い爆炎が黒い群れの外側を削ぎ落とす。牙を鳴らす空鬼達が甲高い声を上げて吹き飛んだ。
しかし航空団の猛攻は止まらない。容赦無く次弾を発射。次々に密集する空鬼達へ緑の魔弾が噴き上がり、異形を一まとめに薙ぎ焦がしていく。
爆炎に吹き飛ばされ、次々と絶命していく中で……それでもなお生き残る空鬼達は居た。
だがそれらにも薄紅の炎が五月雨のように降り注ぐ。
さらに混乱状態にあるその空鬼達の群れへ、《ツクヨミ》と《アマテラス》が高速で飛び込んでいく。
そのたった二機が、数十を越す空鬼達を相手に一方的な戦闘を繰り広げた。空鬼の群れの中心で次々に爆炎が噴き上がる。獅子奮迅する二機の活躍により、空鬼達は壊滅状態に陥った。
だがそれも、――敵の先鋒部隊に限った話。
後続の空鬼達は先頭の百体程度を犠牲にしながら、航空団に組織的な接近を果たしていた。
総数五百程度の天衣に対して、それら空鬼はおよそ二倍、いや三倍にまで膨れ上がっている。まるで黒い津波が迫ってくるかのようだった。
「――総員、怯むなッ! ここで命を捨てろッ!!」
ホヒはそう鼓舞しながら自ら先陣を切って加速。総大将を死なせまいとする他の操縦士達も、呼応するように鬼へ攻撃を開始する。
そして両群が激突、乱戦が始まった。
高速で背中を取り合う天衣と鬼。乱舞するようにそれぞれが空を翔け回り、航跡雲が白く尾を引いてその場に残る。
色とりどりに噴き上がる炎が、空鬼と天衣をそれぞれに焼き焦がしていく。禍々しい巨大な空鬼が四散したかと思えば、別の場所で黒い魔弾に直撃した天衣が炎塊と化す。
『色付き空鬼、撃破! よし、このま――あぁッ!?』
『カヤノ3、ブレイク! ブレイクッ!!』
『あああああああ!! 母上ぇぇぇえ!』
『この化け物どもがぁあ――ッ!!』
言霊感応装置には怒号と悲鳴と断末魔の絶叫が絶え間なく響いていた。
だがやはり、戦況は劣勢に傾きつつある。
圧倒的な数の暴力を前に、航空団は戦力を確実に削られていく。
『……こちらツクヨミ。戦況が悪化しています。一か八か……、自分とアマテラスで敵本陣を叩かせて頂けませんか?』
劣勢の状況に焦り始めていた航空団長ホヒへ届いたのは、ヒヂニからの言霊だった。
ホヒは魔弾を射出し、回避機動を取りながら数瞬の思考にくれる。このままではジリ貧で敗北するのは目に見えている。例え一時的に神栄天衣二機の力を手放す事になっても……賭けてみるしか方法は無さそうだった。
風防の外を高速で流れていた景色が収まった時、ホヒは決意したように唇をきつく結ぶ。
「……良いだろう! 親衛隊と共に特攻を許可する!」
『いや、数が多いと発見されやすい。二機だけで隠密に前進します。神栄天衣なら可能だ』
「……なるほど、それで出来るというのなら許可するッ! ムラクモもそれで大丈夫か!?」
『こちらアマテラス、了解。僕もその方が良いと思う!』
「では、決定だ! ありがたく親衛隊は使わせてもらおう。……行けッッ!」
『『了解!』』
苛烈な戦域から二機の天衣が離脱する。
神栄天衣《アマテラス》と《ツクヨミ》は高高度まで上昇すると、雲の隙間に隠れるようにしながら空に吸い込まれていった。
「暁を頼んだぞ……英傑達」
あの二人がもし《黄泉岩戸》を閉じる事に失敗すれば――恐らく、暁は滅ぶ。
十五歳の二人の少年に、神国の運命は重く圧し掛かっていた。
空鬼達がやってくる進路を迂回しながら、二人は加速を続ける。晴れているが空の所々に雲が浮いており、隠密行動をするのに不足は無い天候だった。
『ムラクモ……この短い間に、分からなくなってきたんだ』
「ん、何が?」
『分からない……』
「……分からない?」
ムラクモが、眉をひそめて振り返る。
紺青の天衣は百メートルほど離れた左方向で自機とほぼ並走していた。
「どうしたの、ヒヂニ? やっぱり具合でも悪いの?」
ムラクモは格納庫で見たヒヂニの顔色を思い出しながら、声を掛ける。
だが彼はそれを無視して、うわ言のように呟いた。
「……全部、分からなくなってきたんだ。
何が正しくて、どうすれば良くて、何を信じるべきなのか。俺が何者なのかすらも。どうしてこのツクヨミに乗れているのかも」
「……簡単だよ。君は英傑だからツクヨミに乗れてるんだよ」
『違う! 俺は英傑の分家筋だ、知らないのか!? 俺は英傑じゃ無いんだよッッ……!』
彼が自分から言い放った言葉に、思わずムラクモは息を呑んだ。
だが平静を装い、落ち着かせるように声を響かせた。
「……君は《ツクヨミ》に乗っている。それに今まで君の家系は代々神栄天衣の操縦士に選ばれてきた。それが、英傑である証拠じゃないの?」
『……ならば戸塚家は、なぜずっと《アマテラス》と《スサノオ》の操縦士に選ばれなかった?』
「それは……」
口をつぐむしか無かった。
ムラクモにその理由は分からない。いや、選定の儀を行う皇女でさえ答えられるかは怪しい問いだろう。
「ヒヂニ……気持ちは分かる。でも、やっぱり今はこんな事を話し合ってる場合じゃない。一刻も早く黄泉岩戸を閉じないと――」
『今以外に無いんだッ!』
発狂するような叫び声だった。
驚き、思わず黙り込んだムラクモに、もう一度静かにヒヂニは『今しか無いんだよ……』と繰り返していた。
『これが運命なら……俺はどうすればいい?
こんなものが真実なら、俺の運命は落ちていくしかないのか?』
「……いや、大丈夫だよ。ヒヂニは優秀だし、自分を信じて頑張ればきっと――」
明らかな慰め言葉に、ふと静かな拒絶が被さる。
「ムラクモ……お前は知らないだろう。ハバリ様の死の真相を」
「父上の……?」
ふいに積雲が自分とヒヂニ機との間に入り、視界からその姿を消す。左側は一瞬にして乳白色の塊に覆われた。
『俺は父上を尊敬し、信じていた。だが、高潔だと思っていた父上は……十年前、お前の父ハバリ様を殺した』
「え……。どう、いう……?」
代わりに返事したのは、ロックオンアラートだった。照準されているという、警報。画面上に瞬く『警告』の文字。