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アカツキに散る空花

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 ヒヂニは木張りの廊下から一礼して茶室に足を踏み入れると、ネソクと拳十個分ほどの距離を取って腰を下ろす。庭側の開け放たれた障子戸の向こうから、生暖かい風が緩やかに纏わり付いた。小さく頭を下げて、ヒヂニが口を開く。
「父上。ツクヨミに選ばれました」
「…………」
 ネソクは目を固く閉じて、頷いた。
「……やはり、血かの。お前ならあるいは、と思いもしたが」
 父の失望したような言葉に、ヒヂニも無念そうに目を閉じる。それには理由があった。
 暁に存在する神栄天衣には三機あり、
 暁の象徴機《神守‐参拾六 アマテラス》
 高速隠密機《神守‐参拾七 ツクヨミ》
 金剛力機《神守‐参拾八 スサノオ》
 が神栄天衣と呼ばれる機体だった。現在では《スサノオ》は失われているものの、この内の《アマテラス》は暁の象徴機……つまり、最強の天衣だとされている。その神栄天衣三機の中でも《アマテラス》の操縦士に選ばれる事は最も誉れ高い事だった。
 だが不思議な事に戸塚家は、昔から《ツクヨミ》の操縦士に選ばれる家系であった。その才能を早くから父ネソクに見込まれていたヒヂニだったが、それでもやはりその宿命は変わらなかったらしい。
 固く目を閉じていたネソクはゆっくりと目を開くと、ヒヂニへ強い眼光を向ける。
「という事は、天野の子がアマテラスという事か」
「その通りです」
「……そうか」
 ネソクは嘆息しそうな勢いで一つ頷く。
 それからふいに、神妙な顔付きでヒヂニを見た。
「……ヒヂニ。神栄天衣の操縦士に選ばれたヌシへ一つ、戸塚家の言葉を伝えねばなるまい」
 途端に厳めしく響いた声音に、部屋の空気が凍ったような気さえした。
 ヒヂニは無意識に止めていた息を吸い込み、即座に居ずまいを正す。
「ハッ、父上」
 両手の拳を畳について耳を傾ける。
 それに対してネソクはゆっくりと、間を置いて口を開いた。
「戸塚の男子、いかなる真実にも屈する事なかれ――この言葉を心に留めよ」
「……真実に……? どういう事でしょう?」
 問いにすぐには答えずに、ネソクはおもむろに茶をたて始める。
 釜から杓子で注いだお湯を二つの茶碗に注ぎ、茶せんでかき混ぜて温め、湯を捨てる。手馴れた様子で二人分の茶をたてると、その内の一つを息子の前に置いた。
 ヒヂニは作法に従って茶を口にしながら、父親の言葉の真意を理解しようと努める。
 その戸惑いを読み取るように、ネソクは茶碗を置いて息子を見据えた。
「……お前の人生にあらゆる形で現れる真実。それが例えどんなに残酷でも……お前は行動できるか? いや、出来なくてはならんのだ、ヒヂニ」
 ヒヂニは茶碗の中に目を落とす。
 そこには濁った茶に微かに映った、自分の輪郭が静かに揺れていた。そうして顔を上げたヒヂニの表情は、覚悟を決めたように凛々しく引き締まっていた。
「分かりました、父上。いかなる真実を前にしても自分は行動してみせます。…………英傑として」
 そう、英傑というプライドを掛けて。
 ヒヂニはどんな真実が目の前に現われようと、立ち向かえる気がしていた。
 静かな沈黙。
 ネソクは静かに茶碗を置くと、目を閉じたまま頷いた。
「そうか……良く言った。お前は生まれた時にではない、この瞬間に英傑となったのだ。それを……忘れるでないぞ」
「はいッ!」
 頭を下げるヒヂニへ向ける、柔らかなネソクの笑み。
 ヒヂニは今この時、厳しい父が自分を一人前と認めたのを感じた。そして、大人となった責任をも。
 ネソクは穏やかに口を開く。
「では、ミツハにも挨拶して来るがよい」
「はっ。それで……姉上のご容態は?」
「うむ。昼前には良くなったようじゃ。全く心配をさせおる」
 溜め息を吐くネソクの表情は、心から安堵している。
 ……離れの庵で生活しているヒヂニの姉ミツハは、ひどく病弱だった。若くして病死した母に似たのだろうが、戸塚家の唯一の女であるミツハが病気をこじらせる度、戸塚家は大騒ぎになるのだ。
 もちろん容態を心配するのは彼女を看病する使用人達だけでなく、ヒヂニやネソクも同様である
 そんな彼女にも一つ幸いな事があるなら、許婚がいる事だろう。
 普通、病弱な女というのは子供を生むのが命懸けの大仕事になるため敬遠されがちだが、ミツハは分家の岩塚家の長男と幼い頃から好きあっていた。そして岩塚家でも本家のミツハとなら……と婚約を許したのだ。
 それでも、あまり病気に伏せっているようでは体裁も悪い。選定の儀が無事に終わった事を報せて心労を取り除いてやろうと、ヒヂニは急いで立ち上がった。



『サクラから管制院へ。着陸の許可を』
『管制院からサクラ。滑走路四十五へ着陸を許可する。風、○九○の三――』
 暁の市街地から東北へ約二キロ、林を抜けた場所にその巨大な暁航空基地は存在した。
 面積の九割を占めるのは何十本とある滑走路。残りの一割の部分に、基地中枢施設『兵部省』を始めとする作戦本部、兵舎、食堂、格納庫などが小ぢんまりと密集していた。
 その基地上空に十メートル大の灰色物体が飛来する。空を翔ける流線形の巨大物体を鳥と呼ぶには余りにも武骨な外見だった。何より、その両翼に大きく描かれた桜の絵を見れば、それが人工物である事は一目瞭然だろう。
 暁の人工天衣《天燕‐二十一》達の帰還だった。
 最小部隊単位である四機の天衣が、翼上部、機首、後尾、機体下などから時々青い輝きを噴出しながら近付いてくる。各部に設けられた五十センチほどの開閉装置は、機体制御する為の推力噴出孔である。
 やがて、四機の天衣はゆっくりと高度を落として、滑走路へ向けて降下を始める。先頭の一番機が接地すると同時、車輪が石畳に擦れる音が基地に高く鳴り響いた。
『管制院からサクラへ。お疲れさん。首尾はどうだった?』
「被害ゼロ、空鬼二体撃墜。まぁどうにかって所だ」
『良い仕事っぷりだ。それとホオリ隊長は、団長がお呼びだ。何をやらかしたんだ?』
「……団長が?」
 サクラ隊の一番機に乗っていた空津 火織(そらつ ほおり)は、太い両腕を締め付ける操縦架を緩めながら首を捻った。
「分かった……この後に出頭する。管制ありがとう」
 ホオリは今ひとつ釈然としないまま答える。後ろの隊機が全機着陸したのを確かめると、作戦後会議を短めに切り上げる事を考えながら格納庫へ天衣を滑走させた。


「……サクラ隊ホオリ一将、参上しました」
「ああ、ようやく来たか。入って良いぞ」
 三重になった木製の引き戸を順次滑らせて、兵部省司令室にホオリは姿を見せた。
 十畳はある床に畳が敷き詰められ、部屋の壁の下半分は本棚がズラッと並ぶ。壁側の上半分は障子付きの開閉できる和窓があり、障子を開けても虫などが入り込まないように竹を編んで作られた竹網戸も付いていた。
 天井にも大きな採光窓があり、そちらには硝子という珍しい半透明の物質がはめ込まれている。その下で、部屋中央のやや奥で大きめの文机がドンッと鎮座している。
 その向こうに座って何かの書類に目を落としている女性が、――暁航空団長、出雲 穂日(いずも ほひ)だった。
 元操縦士でありながら、現在では暁航空団長まで上り詰めた叩き上げの女傑。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう