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アカツキに散る空花

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「……当然でしょう。鬼との戦いで命を落とす事があるぐらい、誰だって知ってます……」
「分かっておらんようだな……」
 一歩を踏み出したネソクが、十数センチの距離にまで迫る。その表情は相変わらず無機質だったが、なぜかヒヂニが物怖じするほどの気迫があった。
 そして、ヒヂニにも聞き取り辛いほど小さく囁く。
「……怖いのは鬼ではない。神栄天衣に、喰われる事だ」
「……喰わ、れる? 何を……言ってるのです、父上」
「何も感じなかったのか? ツクヨミの奇魂を解放した時、呑まれるような感覚を」
「……っ」
 ヒヂニは青ざめた表情で目を見開き、顔を伏せる。
 ……父の言葉は全くの見当違いでも無かった。
 あの力を使う間、操縦架の中の両腕はまるで溶け出してしまったように、感覚が消え失せていた。
 戦闘が終わり、基地に帰還した後に操縦架を外した時――両腕が無事で思わず安堵した。そして、ただの気のせいだと納得していたのだ。
 だが、あの感覚は確かに……天衣に呑み込まれたようだった。
 ネソクがそんな息子の様子を見ながら続ける。
「十年前の『赤空の戦』。あの戦いで神栄天衣スサノオは暴走した」
「スサノオの、……暴走?」
 神栄天衣が暴走するなど、英傑として育ってきたヒヂニにも初耳だった。
 しかしさも当然のようにネソクは頷く。
「奇魂の力を使い過ぎた者は神栄天衣に呑まれ、喰われる。そして操縦士の手から離れた神栄天衣は、ひとりでに暴走を始めるのだ」
「暴走? どういう事です。喰われるとは……?」
「夢没、といわれておる。神栄天衣は操縦士の血肉に継がれた神剣に反応し、同化しようとする。我々の肉体に継がれた神剣は力を発揮する鍵となるのだ。だが皇女様の作る制御神水を消費する事で、どうにか鍵と天衣は同化を果たさずに済んでいる。
 ……だがその神水が切れればどうなるか?」
 ネソクはことさら低く囁く。
 まるでそれを語るのも恐ろしいとでも言うように。
「――操縦士は完全に天衣と同化し、もはや人には戻れなくなるのだ」
「……ッ、ではハバリ様は……」
「奴は、最後にこう頼んだ……」
 ネソクは表情を歪めて、唇を震わせる。

「『――ネソク、コイツの暴走を止めろ』とな」

「なっ――……」
 つまりそれは――殺せという事では無いか。
 押し黙るヒヂニを相手に、ネソクは今まで見た事が無いほど饒舌に口を開く。
「ワシが撃墜した事でスサノオの暴走は止まった。だが……予想通り、後日スサノオを回収した時には手遅れじゃったよ。ハバリは完全に夢没しておった。いや、機体が亀裂に呑まれず見つかっただけでも幸運というべきか」
 その言葉を聞きながら色々と細かな疑問はあったが、意外にもヒヂニの心はそれほど揺れてはいなかった。確かにそれら全ての事実が驚くべき話ではある。
 だが本当に重要なのは、そういった秘密の事情ではない。
「ならば……ならば、父上はやはり天野家が邪魔でそうしたわけでは無いんですね? 仕方が無くしただけの事で……」
「…………分からぬ」
 呟いたネソクは眉間に皺を寄せて俯く。
「っ、そんな……」
 言葉を紡げずに俯いたネソクへ、ヒヂニは責めるような声を上げる。どうして、はっきりと否定してくれないのか、と。
 だが今。
 戸塚家は本当の英傑ではないと知った今、その立場に立たされたとすれば……同じ事を感じずにいられるだろうか。
 本当の英傑さえいなくなれば、――自分は英傑で居られる。そんな背徳的な欲望を。
 逆説的な事実が、青年の胸を締め付ける。
 さらにネソクは険しく息子へ目をやった。
「ヒヂニ……。最近の天野家の活躍にお前の失態、さらに十津家の主張で状況は大きく変わりつつある。高官達の反応を見る限り、このままでは戸塚家は主家を追われる。
 もしその後で黄泉岩戸が閉じれば、……挽回の機会は永遠に訪れぬ」
「……では、どうすれば……?」
 動揺して表情を強張らせるヒヂニへ、顔中に深い皺を刻んだネソクは夕陽を反射する瞳を向ける。
 そうして静かに囁いた。
「――天野家を出し抜き、お前が岩戸を閉じよ。英傑として認められるには、国を救うほどの戦果を得るしかない。それこそが英傑の証じゃからな」
「…………」
 天野家、つまりムラクモを出し抜く。
 それ自体は難しい事ではないかもしれない。だが、ネソクが言う様な明確な戦果を挙げるのなら……ただ一機で岩戸閉じという大任を果たすぐらいしか、方法は無い。
 具体的には岩戸上空の制空権の確保を、ヒヂニだけで。
 しかし、そこには……数百を越す空鬼が群れているだろう。
「……無理だ。一体どうすれば……」
「何を言っておる。お前が先日やった事と同じ事をツクヨミですれば良いではないか。
 奇魂を解放すれば、空鬼にお前の姿は見えぬ。亀裂を攻撃して埋めた後で付近の敵を掃討すればよい」
「それは……そうですが……」
 しかし、ヒヂニは見た。
 亀裂の奥に潜むあの怪物が、塞いだ亀裂を圧倒的な力で吹き飛ばした所を。本当にヒヂニの攻撃が亀裂を塞ぐ事に効果があったのかは疑問である。
 いや、恐らくあの八首龍鬼が居る時点で――単機特攻作戦は難しいだろう。
「父上。やはり、ムラクモと足並みを合わせねば……単機だけでは不可能だと思いますが」
「何を寝ぼけておるバカ者が……っ。ヌシに選択肢はないのだ。事態は動き出しておる。
 ……それに加えて、今朝の事だ」
 口調の激しさがふいに失速する。
 苦悶の表情を浮かべて、ためらうようにネソクは口を開いた。
「岩塚家が来て――ミツハの婚約を解消していったのだぞ……」
「姉上の婚約をッ!?」
 驚愕してヒヂニが聞き返す。なぜそのような事になるのか訳が分からなかった。
 岩塚家のアキトと姉ミツハは幼少の頃より好き合っていたはずなのに――。
 だが父は無念そうに表情を沈ませていた。
「戸塚が主家の立場から転落しそうな今、長男であるアキトを病弱な娘にやる事はできんと岩塚家一族が難色を示したそうじゃ。
 あの縁談が支持されていたのも……戸塚家にそれだけの肩書きがあったからの事」
「なんと……勝手な!! それでは姉上はどうなるのです!?」
「今朝アキトが男泣きして土下座しに来おった。気が済むまで殴ってくれ、とな。
 だがそもそも岩塚家からすれば子孫を残せない危険もある縁談だ。戸塚家の屋台骨が揺らげばそれを翻す事もあり得ると思っておった」
「そんな……それでは、あんまりです。姉上は道具ではありません……。そんな事を聞けば、姉上は……」
 ネソクは一つ頷き、重い溜め息を吐いた。
「いつまで隠し通せるか。病弱なあの娘の事だ。聞けばどうなるか分からぬ……。
 ――分かるであろう、ヒヂニ」
 ふいに向けられた眼差しは峻烈だった。
 ヒヂニの全身から力が抜けていく。
 自分が英傑ではない事実。
 『赤空の戦』のハバリを巡る真実。
 そして現状の十津家の台頭と、それにまつわるミツハの婚約解消。
 その衝撃的な事実の全てが、ヒヂニの双肩に重く圧し掛かっていた。
 しかし元を辿れば、ヒヂニが部下の弔い合戦を兼ねるつもりで、ムラクモよりも大きな戦果を挙げようと焦らなければ――起きなかったかもしれない。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう