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アカツキに散る空花

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「……どうですかな、皆様方。ヒヂニ様が無事なのは喜ばしい限り。ただ……今回の一件はもう話が付いていたようなもの。やはり混乱の少ない案として私の倅、ハヤタチをツクヨミの操縦士に据えるというのは――」
 アドウはあくまで柔和な顔で、この会議の場を見回して言い放つ。
 それには他の高官達も同意を示したそうな表情だった。やはり《黄泉岩戸》から鬼に担がれて帰還した英傑という話は、その生還を喜ぶよりも不吉な思いにさせる気持ちを高めている。
「確かに今の十津殿の話も道理かと……」
「死地から帰還したヒヂニ様へ、早々にツクヨミへ乗り込んでもらうのも酷という話だし……」
「――いや、ワシは一向に認めませぬ」
 傾こうとしていた場の空気を、断固としてネソクが断ち切った。
 前《ツクヨミ》操縦士であるその一声は、ヒヂニの父であるという部分を差し引いても強い影響力を持つ。
 そして反対するのは、一人だけではなかった。
「……私もいささか同意しかねます。わざわざ神生祭が終わるのを待ち、選定の儀をし直すとなれば……その間に鬼達の襲撃で暁という国が消滅している可能性すらあります。
 それならばムラクモ一人で作戦を結構した方が確実ではないかと」
「な、何を仰るのだ、ホヒ一師は!! 先の戦ではその戦力不足がこの事態を招いたのをお忘れか……ッ!!」
「……とはいえ、戦というのは場合によりけりですので」
 先ほどから渋い答えを返すホヒは扇子を開き、自らを扇ぐ。
 アドウの下心が容易に読み取れてしまうせいだろう。その扇子は風を送るためというよりも、不快感に歪めた表情を隠すために広げた意味が強かった。
 通常なら選定の儀のやり直しなどは、英傑が死んだとて普通は認められるモノではない。他に操縦士の候補などいないからだ。
 だがしかし、アドウはそれを認めさせるほどの材料を持って現れたのだ。参議の場の中心に開かれた古ぼけた一枚の紙切れは……戸塚家と十津家の関係を逆転させかねないものだった。
「――失礼致します」
 そんな折、参議の間の障子が開く。
 そこに膝を付いていたのは長身の、長い髪を後ろで纏めた青年、――ヒヂニだった。
 場に、微妙な沈黙が流れる。
「戸塚火地煮、ただ今帰還しました。
 ……体調は万全です。ツクヨミに乗るのに支障ありません」
 顔を上げたヒヂニの眼光は、死地から帰還したためか異様に鋭かった。
 もちろん英傑としての気概で行動していたヒヂニには元々覇気があったが、今はそこに鬼気迫る何かがある。
 その表情の鋭さは、辺りに居る高官達へ畏怖の念を抱かせ脅えさせた。普段から命など賭ける事はない重鎮達が見るからに表情を強張らせる。
 その中で二人、アドウとハヤタチだけが小さくほくそ笑んでいる以外は。
「……失礼。ワシは帰還した倅に現況を教えようと思います。ここらで一旦、休憩にさせて頂いてよろしいであろうか」
「う、うむ……構わぬぞ。で、では皆の者、一時間の休憩としよう!」
 関白イヒカの上ずった声で会議は一旦中断される。
 同時にネソクが立ち上がり、ヒヂニに付いてくるように目配せして部屋の外へ出た。
「……この痴れ者がっ! 地獄から帰ったヌシが現れては高官達が脅えるのも分かろう!」
「……しかしっ、父上。誰が何と言おうと選定の儀で選ばれたツクヨミ操縦士は自分のはず。生きている所さえ見せれば、高官達も納得するしかないではありませんか?」
 その言葉にネソクは足を止める。
 噴火する手前の表情で、きつく目を閉じて深呼吸する。
 それからいくらか表情を和らげて再び目を開けると、ネソクは執務院の敷地を出るべく歩き出す。
 向かったのは、蔵が集中する暁宮の中でも人気の無い一角だった。
 特に奥まった所まで行き、ようやく振り返った父の顔は――すっかり老け込んだようにやつれていた。髪が乱れ、皺は深い。ヒヂニすら見た事がないほど、憔悴しているようだった。
「……ヒヂニ。状況が変わった」
「何があったのです……?」
 あまりに沈鬱なネソクの声に、ヒヂニも緊張をせざるを得ない。
 憔悴した父は軽く目を伏せた。
「……実は先日、十津が家系図を持って来た。百五十年以上も遡るものを」
「百五十年以上に渡る家系図を……?」
「さすがは十津家というべきか……我々戸塚家に長く反目しておったのもその家系図が拠り所だったのじゃろう。
 良いかヒヂニ、心して聞くがよい」
 ネソクに促されて、ヒヂニは無言で頷く。生唾を飲み込んで身構えた。
「実は――十柄の主家筋は過去に一度、滅びておる」
「なっ……」
 ある程度の心構えはしていたとはいえ、その事実はヒヂニを狼狽させた。
 一歩後退って父の顔を見る。
 その表情は――真剣そのものだった。
 だが、十柄の主家が滅んでいる、という事は。
 ならば自分達、戸塚家は――元々の主家では無いという事なのか。
「冗談……でしょう、父上?」
「――こんな状況で冗談など言えぬ」
「は……はは」
 何もおかしく無いのに笑みが漏れる。
 戸塚家が、れっきとした十柄剣筋の主家である事。
 その一事だけが、ヒヂニを英傑たらしめるための重要な事実だった。自分の血肉こそが絶対に揺らがない英傑の証だったのだ。
 だが実の父親にこの瞬間、――その証を覆されたのだ。
 その血は――偽者だと。
 ならばヒヂニは英傑などではなく、普通よりも十柄の血が濃いだけの操縦士に過ぎない。
「そうか……そうだったのか……はは、は」
 力なく膝を付き、ヒヂニは思い当たる。
 戸塚家が何代も《ツクヨミ》にしか選ばれず、天野家に隠れるように二番手の功績を打ち立ててきた理由。それは、真の英傑か否かだったのだ。
「……まさか……」
 だがふいに気付いて、ヒヂニの表情が強張る。
 黄泉で、八首龍鬼もそんな事を言っていたのだ。ヒヂニの事を指して血が薄れた一族と。

 ――邪魔ダッタノダロウ。血ノ薄レタオ前ノ一族ニトッテ、赤銀ノ神守ハナ――

 思い返される記憶。あの鬼の語った呪われるべき言葉。
 日は落ちかけており、茜色の斜陽がその場にも投げかけられていた。巨大な蔵に紛れて長い二つの影が地面に落ちる。
 まるで魔物のように伸びるそれを見ながら、ヒヂニはポツリと口を開いた。
「父上……。黄泉に落ちた時、地獄の鬼からこんな話を聞きました」
 自分で声が震えているのが、分かる。
 ネソクは黙っていた。壁のように身じろぎ一つしない。
「……ハバリ様を撃墜したのは――――父上であると」
 ――生温い、風が吹く。
 顔を上げると、対峙するネソクの表情が消えていた。まるで生気を宿さないその瞳にヒヂニは思わずたじろぐ。
 長い長い沈黙の後。
 ふいに……ネソクの口が無機的に開いた。
「――そうだ」
 聞きたく無かった父からの肯定の言葉が、あっさりとその耳に届く。
 膝から力が抜けてその場にへたり込みそうになるのを、ヒヂニは必死で踏み止まらなければならなかった。
「……な、なぜ? ――なぜそのような事を……」
 うわ言のような声が虚しく空へさまよう。
 ネソクは首を巡らし、人の気配が近付いてないのを冷静に確認して、再び向き直った。
「ヒヂニ、神栄天衣に乗るには大きな危険が伴う」
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう