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アカツキに散る空花

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 黄金と白銀の破片が――空に吹き散る姿だった。
「――ヒヂニィィイイッッ!!」
 ムラクモが咆哮する。
 手だけが忙しなく動き、眼前の三体へ放った「草薙」で空鬼達を一薙ぎに刈り取る。
 そして開けた視界に、見てしまった。

 炎に包まれ、黒煙を上げる鉄塊。
 それが《黄泉岩戸》の亀裂へ、闇の深淵へ――――落ちていくのを。

「そん、な……」
 ムラクモが呆然と呟く。
 亀裂へ落ちたヒヂニ機は、間もなく噴き上がる漆黒の空鬼達に揉まれて、消えた。
『ムラクモ様、限界です! 空鬼の活動が活発化しています! ……ムラクモ様ッ!! 撤退をッ!!』
「でも……ヒヂニが……」
『もう手遅れだ! 助ける事はできません!』
「……でも」
 ムラクモがさらに未練がましく反論しようとする。
 だがその直後――。
『ノー! 魔弾が……きゃあッ!!』
 黒い爆炎が噴き上がり、ミサキの悲鳴が聞こえた。ムラクモはハッと顔を上げ、そちらへ目を向ける。
 ミサキ機は黒煙を噴いているものの、飛行を続けていた。装甲がどうにか致命傷を食い止めたらしい。だが……かなり危険な状況だ。
『ムラクモ様、撤退を――!!』
「……そう、だね。撤退しよう……サクラ隊、撤退路を切り開いて。殿は、僕が」
 ムラクモは命令を出す。ほぼ同時、サクラ隊は一心不乱に空鬼群の一点を集中攻撃し、穴を空けた。
 そちらへ合流しながら、ムラクモは最後に後ろを振り返る。
 ――亀裂は鬼を吐き出しながら、全てを漆黒に染め上げていた。



 こうして『黄泉岩戸永封作戦』は失敗に終わった。
 亀裂から数百体の空鬼が姿を現したという情報がムラクモ達からもたらされ、暁航空団はすぐさま撤退。
 鬼達は混乱しているようであり、航空団は神国に飛来する敵を各個撃破しつつ優勢に戦闘を集結させた。
しかし、その被害は少なくない。
 何より、英傑ヒヂニの無謀な突撃により――撃墜された事は大きな衝撃を暁に与えた。


「……何たることか……」
 英傑、墜す。
 翌日の緊急会議で報を受けた政府の重鎮らは、一様に言葉を失った。
 英傑の死。それは暁にある両腕の一つが切り落とされたも同然である。暁の戦力は甘く見積もっても三割減だろう。
 暁の混乱を差し置き、街では神生祭がとうとう始まった。父祖神イザナギに捧げるこの神聖な祭りは、例えいかなる理由があろうと中止されるものではない。
 賑やかな太鼓や笛の音が参議部屋にも流れ込んでくる中、関白イヒカは燭台の明かりに照らされてなお蒼白だった。自分の膝の上で着物を強く掴み、頭を垂れる。
「……くそ、余の判断が誤りであった……! やはり、神栄天衣の充填まで作戦に許可を出すべきでは無かったのであろうぞ……!!」
「イヒカ様、今さら嘆いても仕方ありませぬ。聞けば我が愚息が功に焦った結果とも」
 重鎮達の片隅からそう言い放ったのは、ヒヂニの父ネソクだった。
 だが口ではそう言うものの、つい先日まで立派な戦果を挙げていた自慢の息子だ。きつく目を閉じる姿は、いかにも無念そうだった。
「……ネソク。次の戦でそなた、ツクヨミに搭乗できようか?」
「残念ながら……この老骨ではもう扱いきれないでしょう」
「そうか……。どうしても無理か」
「申し訳ありませぬが」
 ネソクは頭を下げて辞退する。
 英傑といえど歳には勝てない。普通の人工天衣ならまだしも、神栄天衣は操縦士に高い能力を要求する。初老を迎えたネソクが乗りこなすには難しいものがあった。
 参議の間には重い沈黙が垂れ込める。
 神栄天衣《ツクヨミ》が稼動するかしないかでは、戦局に大きな違いをもたらす。万全を期すためにも、次の戦いには何としても稼動しておきたい所だ。
 だが、その神栄天衣に乗るのは並大抵の人間では無理なのである。それこそ、英傑家の血を色濃く受け継ぐ人間でしか。
「これはこれは……皆様、お困りのようでございますな」
 ふいに、参議の間の外から声が降ってくる。
 どこか尊大で、絶望的な状況を楽しむかのような。
「……誰ぞ?」
 顔を向けたイヒカは見覚えの無い若者と初老の男が、参議の間の障子を開けて立っているのを見た。他の高官達も同様に怪訝そうな目をその二人へ向ける。
 だがその中でネソクだけが顔色を変えて、立ち上がっていた。
「――――何をしに参った、十津ッッ!!!」
 それを聞き、戸塚家の最大の分家――十津の当主と跡継ぎは禍々しく唇を歪めたのだった。
▼.光暗相克

 異常な熱を感じてまぶたを開けた。
 ……暗闇の中で、自分の頭上に小さな火花が上がった。一瞬だけ、操縦席の輪郭が暗闇に浮かび上がる。
 どうやら、どこかに不時着したらしい。
「……ここは……」
 弱々しいうめき声は、きっと大破した天衣の外にも響かなかっただろう。
 身体に痛みは無いがひどくだるい。これほどの闇に覆われながらも、まるで炎に囲まれているように暑かった。皮膚が燃え上がりそうだ。
 身体を動かす気もおきずに、ヒヂニは自嘲気味に鼻を鳴らす。
「ここが地獄とやらか……」
 言い放った直後、ふいに濃密な闇が震えた。
「――懐カシイ、匂イダ――」
 聞こえた声は、地の底から湧き上がってくるように不気味だった。
「……何者だ」
 ヒヂニが囁く。
 直後、暗闇に突如浮かび上がる幾つモノ赤い光。計十六個の光りが、二つずつ対になって揺れていた。
 闇に慣れ始めた目にはその赤い光は十分な明かりである。その光に照らされた姿は、少なくとも輪郭だけは、ハッキリと確認できる。
 それは八つの長い首を持つ――巨大な化け物だった。
 太くずんぐりした胴体から生え出した長い首。その先の顔に付いた炎のように燃える双眸が、赤い光の正体らしい。
「まさか……」
 ヒヂニが戦慄しながら呟く。
 その姿から、ぼんやりとした頭は暁に語り継がれる古代の伝説を連想していた。
 神々の時代、一柱の神によって討たれた人を喰らう魔物。
「……八首龍鬼……」
 呆然とヒヂニが呟いた瞬間、頭上で八つの首はニヤリと笑ったようだった。
「――久シイナ。宵闇ノ神気ヲ振リマク者ヨ――」
「……久しい?」
「――イヤ、直接ニ顔ヲ合ワスノハ初メテカ……。ダガ、忘レルワケハアルマイ――?」
 ヒヂニは突然に現れた怪物の話に当惑していた。
 まるで自分を知っているかのような口振り。だが、ヒヂニがこの魔物と会った記憶など当然無い。
「……一体、何の話だ?」
 ヒヂニが呟くと、にわかに空気が凍る。
 十六の赤い瞳が空中で制止した。まるで、目前の人間の真意を見極めるように。
 ふいにその首の一つがヒヂニの間近まで近付く。
 蛇の頭がこちらを睨む。人間の大人三人分ぐらいの長い牙が口元から覗いている。本能的な恐怖のせいか、全身から大量の汗が噴き出すのを感じた。
「――イクラ記憶ノ弱イ人間トハイエ、覚エテオラヌト言ウノカ――。――十年前ノアノ戦イヲ――」
 魔物の囁き。
 冷徹さと怒気が入り混じったように、凍るように恐ろしい声音。
「……十年前の、戦い……?」
 その単語が指し示すのは一つしかない。
 ――赤空の戦だ。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう