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アカツキに散る空花

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 彼女はイツが目を覚ました事に気付くと、優しく微笑む。
「お目覚めですかイツ様。具合の方はいかがでございます?」
「うん……良い」
 イツは寝具の中から身を起こして、眠そうに目をこする。
 ここの所ずっと微熱が続いていた彼女だったが、その原因はどうやら神力の使い過ぎのようである。
 少し動いた拍子に頭痛が走り、イツは顔をしかめた。
「……イツ様、もう少しお休みになられては?」
「ダメじゃ。もう行かなくてはならぬ」
 心配そうに声を掛けてくるイクコへ、頑なに首を振った。
「イクコ。先の空鬼の大襲撃は……どうなったのじゃ?」
「はい。航空団が無事に撃退しまして、暁の街には何の被害もありません。それになんと、一番戦功を上げたのは……ムラクモ様だそうですよ!」
「ふむ……。そうなのかや?」
 予想に反してイツの反応は不審げで、どこか不安そうでもあった。
 イクコは安心させるように満面の笑みを浮かべる。
「本当にございますよ、イツ様。ムラクモ様は大活躍し、鬼の精鋭達をただ一機で一網打尽にしたそうです。
 なんでも、《アマテラス》の秘力を解放したとか――」
「なんじゃとッッ!?」
 ふいにイツが目を見開いて声を張り上げた。
 豹変した彼女にイクコが思わず口をつぐむ。イツの肌に一斉に鳥肌が粟立つのが見えた。
「イクコ、それはまことか? ムラクモは無事なのかやっ!?」
「お、落ち着いて下さいませ。一体どうなされたのです? ムラクモ様は無事どころか、大戦功を挙げた英傑としてみなに称えられておりますよ?」
 息を呑んで話を聞いていたイツは、一つ深呼吸する。
「そうかや……。つまり、無事帰って来てるのじゃな?」
「はい、さようでございます」
 ムラクモの戦功などには全く興味を向けず、ただその安否を心底案じている声音だった。
 あまりに不審な態度に「一体――」と言いかけた時、ふいに部屋の襖の外から声が響いた。
「……皇女様、お迎えに上がりました。ご準備の方は……」
「うむ、すぐに出るぞ。もうしばらく待っておれ」
「ハッ……かしこまりました」
 部屋の外から、感情の無い老年の女の声がした。
 暁のあらゆる神事を取り仕切る高位の巫女の一人である。最近はイツが行う神事にはイクコではなく、彼女が同伴するようになっていた。
「……では行ってくるぞ、イクコ」
 着替えを済ませたイツがいつも通りの声を掛けてくる。
「はい……、行ってらっしゃいませ」
 イクコは小さく頭を下げて、スッキリしないままに皇女を送り出すのだった。


 紫祭殿、イザナギの間。
 選定の儀が行われたこの建物は、暁において最高位の神域であり普段から厳重に警護されている。
 その浮世離れした静けさと涼しさに包まれるイザナギの間を……イツと、老巫女は進んでいた。
 その最奥に位置するイザナギ神社。
 その壁際に作られた巨大扉の前に置かれた神鏡の裏へ、二人は畏れる事も無く回りこむ。

 そこに……ぽっかりと穴が空いていた。

 なだらかな斜面になった穴は、途中から石造りの階段に変わっている。
「……お母様は、もう来ているのじゃな?」
「はい。いらっしゃいます」
 慣れた足取りで、二人はその長い階段を降り始めた。
 長いらせん状の階段の中では、等間隔に灯る蝋燭の明かりとその火を揺らす換気口だけが知覚に感じるわずかな変化だった。
 淀んだ空気の底へ沈んでいくように下り続けた二人は、ようやく最下層に辿り着く。
 目前に現れたのは半分開け放たれた木戸。そこに直接墨で書かれた『警告:夢没の間』という大きな文字だけが、どうにか色を保っている。
 だが二人はそんな張り紙には興味を示さず、さらに進む。
 木戸を抜けた先には廊下。しかし、明かりはほんの数メートル手前で途切れていた。
 その松明の炎に照らされる形で、廊下の右手側に一つ頑丈な鉄扉が見える。
 老巫女が歩みだし、扉の前で冷たい響きを持つ声をひねり出す。
「皇女様のお着きです」
 静かな声が廊下に反響していった。
 それから一拍の後、ふいに耳障りな音がして鉄扉が開く。中から溢れ出す明かり。
 そしてその小さな鉄扉からは想像も付かないほど明るい大きな部屋が露わになった。
 そこに鎮座するのは――二機の天衣。
 老巫女に続き、イツも地下格納庫に入っていくがその表情は強張り、それを噛み殺すように下唇に軽く歯を立てていた。
 目前の視界を埋めるのは、現在復元中の神栄天衣《衝立船戸》。
 黄泉岩戸を塞ぐための天衣は、しかし従来の天衣とはかけ離れた形をしていた。
 一言で言えば、途方も無く大きな巨岩。
 その全貌は地面から立って見たのでは把握できない。翼も無く、操縦席も無い。ただ鎮座する灰色の巨岩は、その全身に走る赤い筋を不気味に脈動させている。
 そしてそのかたわら、すぐ隣にちょこんと待機するのは一機の天衣。
 《衝立船戸》と比べて余りに小さいその天衣は、しかし暁の主力天衣《天燕》とは明らかに違う形をしていた。
 長い翼とゴツゴツと厚い装甲。胴部に荒縄が巻き付けられ、赤を基本色に銀で所々が強調された塗装。その尾翼に表記されている機種名は――。
 《神守‐参拾八 スサノオ》

 ムラクモの父、ハバリが乗っていた天衣だった。

 かつて失われたはずの神栄天衣が――なぜか、暁宮神域の地下に存在した。
 イツは青白い顔でその天衣を見つめる。
 その神栄天衣はまるで羽交い絞めにされるように各部を拘束機具で止められ、その場所へ縫いつけられていた。それとは別に数本の太い管が中枢動力核から伸び、《衝立船戸》へと接続されている。
 その操縦席は、乳白色の霧が充満して中の様子が見えなくなっていた。
「……それでは始めましょうか、イツ」
「お母様――」
 ふいに聞こえてきたのは、母の声。
 振り向いたイツは、十メートルほど離れた場所に薄い布の付いた前天冠を被った母の姿を見た。
 その布に遮られて顔の輪郭しか分からない。
 それでも直感で、母は微笑を浮かべていると感じた。ムラクモの父を「喰らった」この神栄天衣の前で。
 だがその思考は、ふいに母の横から歩み出た男の姿によって遮られる。
「上皇様、皇女様。
 ……無理は承知であるが、どうかお早めに船戸の完成をお願い致しまする。
 思えば、つい先日に報せて頂いた鬼達の異常行動……あれはこの大落雷の前触れだったのでありましょうぞ。あのせいで黄泉の岩戸が開き、空鬼が活発化しておりますれば……」
 沈鬱そうに俯いて話すのは関白のイヒカである。見れば、彼の背後にも何人かの作業員が動き回っているのが見えた。
 上皇はしとやかに頷く。
「えぇ……、心配せずとも船戸は今日中には出来るでしょう。さ、イツ」
「……はい」
 イツは様々な想いを胸の中にしまいこみ、上皇に続いて歩き出す。
 二人は神栄天衣《スサノオ》に手を伸ばせば届く距離にまで近付くと、上皇はそこからさらに一歩を踏み出して――手をかざした。
 直後、静寂にかすかな駆動音が混じる。
 《スサノオ》を留める各部位の拘束機具がキシリ、と音を立てた。中枢動力核が起動。《スサノオ》後部で黄土色の輝きが発光する。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう