アカツキに散る空花
ムラクモ機の援護を中心に、敵へ打撃を与えながら直進する。その姿は、英傑に依存しきっていたコガネ隊とは雲泥の差だった。
『団長、空鬼群が混乱しています!!』
「――よし、この機を逃がすなッ! 各機、《アマテラス》に続けぇッッ!!」
ホヒは叫ぶと同時、自ら敵群へ全速突撃する。
その後ろから、喚声を上げる暁航空団が雪崩れを打って空鬼群へ迫る。
ムラクモ率いるサクラ隊に内側を食い破られた空鬼の群れは、いうなれば二方面から攻められた形となった。
混乱した空鬼群はみるみる内にその数を減らしていく。蓋を開けてみれば航空団のほぼ圧勝の形が出来上がっていた。
そうして空域からほとんどの空鬼を駆逐した頃――しかしふいに、張り詰めた声が響き渡る。
『だ、団長ぉッ! 新手です!! 東南東より、色付きの一群がッッ!!』
その言霊を受け取って、航空団に沈黙が降りる。
操縦士達が言葉を失っていた。
迫るのは数十体の――色付きの群れ。赤、黄、青、灰で構成された空鬼の軍勢だった。
だがその群れへ、一足早く突撃をかける二つの機影。
紺青の天衣《ツクヨミ》と、橙と黄の天衣《アマテラス》だった。
「ムラクモォ……ッ! 貴様のようないい加減な奴に、俺は負けんぞッ!!」
「ヒヂニ……今は敵に集中しよう。争うべきなのは僕達じゃない」
「くっ……眼中に無いってか……。舐めるなよ、ムラクモォ!!」
「――ヒヂニ!?」
ヒヂニ機が加速、単機で敵群正面へ突撃をかける。
だが当然、幾十の魔弾が一斉に――ヒヂニ機へ撃ち放たれた。
「うぉぉおおおおおッッッッ!!」
《ツクヨミ》の中でヒヂニは咆哮し、風防の外を埋める魔弾群に飛び込んでいく。
呼応するように、――ふいに状況ディスプレイの色が変わった。
薄赤色から、黄色へ。
空戦機動モードが『荒』から『奇』へ移行。
そして画面中央で見慣れない文字が、点滅を始める――――。
《:天衣固有術起動:
『月読闇夜新月』――発動可能》
状況ディスプレイの変化に気付く余裕がヒヂニには無かった。
しかし、――両手の先の制御球が変化していくのには気付かずにはいられない。
「……これは、まさか――!」
剣の柄を握るように馴染む円筒の制御球を、強く握り込む。幼少の頃より父から伝え聞いていた――神栄天衣の秘力。
「力を発現しろ、ツクヨミィ――ッ!!」
操縦架を揺り動かし、両手に握る剣を力任せに振り抜く。
硬い装置が、がこっと一段下がる鈍い感覚。直後、ヒヂニが戸惑いながら声を荒げた。
「父上、これが――!?」
《ツクヨミ》の前方の空間が切り裂かれ……そこから現れた球形の闇に覆われていく。
その闇の外側、球形の周囲に『月読闇夜新月』という文字が浮かび上がっていた。
それから闇の周囲を取り巻いていた文字群は銀色に一際輝き――直後、姿を消す。
文字だけでなく、闇も、《ツクヨミ》も、――青空の中から消失していた。
「……ヒヂニ!?」
ムラクモが戸惑いながら名を叫ぶ。
《ツクヨミ》を目指して飛んでいた無数の魔弾は標的を見失ってまばらに爆発を始める。
形もそれぞれの禍々しい爆炎が空を焼き尽くすように広がっていった。
ムラクモはそれに巻き込まれないように一度大きく旋回する。
「……どういう、事なの……?」
数キロに及ぶと思われた爆風は、やがて緩やかな風に変わって収まっていく。
だがそこに、やはり《ツクヨミ》の姿は無かった。黒い爆煙の向こうで不快な牙鳴りを愉快げに響かせる色付きの空鬼達がいるだけだ。
だがその片隅で――ふいに爆発が生じる。
不快な牙鳴りが一斉に止む。
直後、空からひとりでに魔弾が生じ、次々に灰空鬼を狙い撃っていった。
忙しない牙鳴りが空に響き始め、空鬼群が散開を始める。
「あれは……」
『案ずるでない、ムラクモ。ツクヨミは姿を消しただけじゃ。あの攻撃はヒヂニによるもの』
「姿を消した……? でもレーダーでも捕捉できない……」
『それが、ツクヨミの奇魂じゃ』
呆然としながらネソクの言葉を聞く。
《ツクヨミ》から放たれた魔弾は視認できるが、それを辿ってヒヂニ機を捉えるのは不可能だろう。
速度状況によって最適な後退角に変わる可変翼の働きで、《ツクヨミ》の機動力は《アマテラス》をも上回る。魔弾を発射した直後には、その位置はもう変わっているはずだ。
見えない敵に翻弄される空鬼群から、あっという間に全ての灰空鬼が撃墜された。恐らくはヒヂニの狙い通り、空鬼群は総崩れになる。
しかし――。
『まずいッ! 全軍、追撃態勢に移れ!!』
総崩れになった『色付き』達は、しかしヤケになったように暁航空団に背中を見せて一斉に飛び始めたのだ。
その目指す方角は、――神国『暁』の中心。
航空団は急ぎ反転し、空鬼を追いかけ始める。しかし離れていた両者の距離は、そう簡単には詰まらない。
『止めるのじゃ! 何としても止めよ、ヒヂニ……!!』
ネソクが後方から息子へ叫ぶ。
それに呼応するように、空鬼の何体かが《ツクヨミ》の不意撃ちに墜ちていく。
……しかし群れは怯まない。
遠くの地平線にはとうとう、十万の国民が暮らす街が見え始めた。
その鬼達の眼前に、ようやく追いついた天衣は……ただ一機だけだった。
「……その力の使い方を教えて、ヒヂニ」
『ムラクモ!? そんなもの俺も分からん! 邪魔だ、退けッ!』
だがヒヂニの警告を聞かず、《アマテラス》は群れの真正面へ旋回し、空鬼達と相対した。
ようやくまともに捕捉できた標的へ、数十体の色付きが魔弾を発射する。
だが殺到する魔弾を前にムラクモは全く退かなかった。逆に、正面から突撃を掛ける。
「十年前の再現はさせない……。
母上やナギは、みんなは――僕が護るんだあッッ!!」
ムラクモが咆哮すると同時、その大きな瞳に意思の炎が燃えた。
――天衣の状況ディスプレイが、赤から黄へ移行する。
マニューバ・モード『奇魂』。
画面に文字群が表示され、点滅を始めた。
《:天衣固有術起動:
『天照陽射満矢』――発動可能》
『バカがッ! 剣を振り切れ、ムラクモォ!!』
言われて即座に理解した。この両手の先で握るのが――太古の昔に自らの肉体に埋め込まれた神剣なのだと。
反射的にムラクモはその力を、解放する。
《アマテラス》の周囲の空間が切り裂かれ、そこから現れた橙の光球に包まれた。周囲には『天照陽射満矢』という赤い文字。
そして直後に光球の内側から、無数の何かが盛り上がった。
それは全方位へ向けて放射される――何百もの黄金魔弾。
高速の大光条が空に吹きすさぶ。その全てが方向変換し、数十の空鬼へと一斉に翔けて行く。
空鬼の魔弾と黄金魔弾がぶつかり、轟音と共に激しい炎が噴き上がった。
だがそれを貫き、次の黄金魔弾が空鬼を目指す。天をも焼き焦がすような爆発に空は黄金一色に染め上げられ、直後に飛来する新たな爆発がその炎を掻き消す。
ただ一機より放たれる圧倒的火力を前に――鬼達は逃れる術を持たなかった。
「っ、凄、い……」
ムラクモが呟く。
黄金魔弾が全て爆ぜ終わった後の空。