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アカツキに散る空花

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 しかし、ムラクモの部隊は違う。毎回、まともにムラクモが戦闘に参加しないのだ。
 おかげでサクラ隊の四機は日に日に損傷が目立つようになっていた。装甲が焼け焦げ、機体に弾痕が残り、推力噴出孔が停止する。主翼や尾翼が一部へし折れた事さえあった。
 修羅場に次ぐ修羅場を体験する中で、ムラクモは気まぐれのように戦闘に参加するだけである。そんなサクラ隊がいまだに一機も欠ける事がないのは、もはや奇跡と言うほか無いだろう。
 こうして英傑二人に向けられる視線は、二つに分かれていった。
 ヒヂニへは尊敬、賞賛の眼差し。
 ムラクモへは軽蔑、冷淡の眼差し。
 文官や神官達までもがヒヂニの機嫌を取り、ムラクモを徹底的に無視していた。
 今、航空基地からの帰路についているヒヂニも、あれから一週間以上ムラクモと目も合わせていない。
 ……だがなんとも不愉快だった。天野家よりも名を高める事を目的としてきたのに、それがこんな形で達成されてしまったのだ。いい肩透かしだ。
 だがそれでも、納得いかない事が一つだけある。
 それはムラクモが《アマテラス》に選ばれたという事実。
 あれほどダメな英傑に、暁の象徴たる神栄天衣《アマテラス》は相応しくないに決まっている。神栄天衣に泥を塗り続けているようなものだ。
 神栄天衣の操縦士を決定する、選定の儀は父祖神イザナギの意思が働く儀式だという。
 だが神は、間違いを犯したのではなかろうか?
 ヒヂニにはこの気持ちが抑えられなくなりつつあった。むしろムラクモが英傑だという事自体が、信じられない。
「くそ……っ。なんでアイツなんかが……!」
 馬の背でヒヂニが一人ごちる。
 何もかもが自分より劣るムラクモが、暁の象徴であり最強の天衣に乗っているとは。
 そんな事を考える内に、自分の屋敷に着いていた。
 ヒヂニは深呼吸して気持ちを落ち着けると、ゆっくりと戸塚家の門を潜る。
 そうして舎人に馬を預けようとした時――ふいに、馬屋の方に見慣れない馬が数頭繋がれているのが見えた。
「おい。誰か来ているのか?」
「へえ。どうも十津家の方々がいらっしゃったようで……」
「十津、だと?」
 ヒヂニが表情を曇らせて聞き返す。
 十津家は分家であるが、交流は数十年間に渡り断絶していた。当然、両者の関係はすこぶる悪い。
 その十津家が来ている……?
 再びヒヂニが屋敷へ視線を戻すと、ふいに屋敷の玄関の方から三人の人間が出て来る所だった。
 一人はヒヂニの父ネソク。残る二人は……見た事の無い白髪の混じった男と、まだ若い黒髪の男だった。
 二人は一礼すると、そのままこちらへ向かって歩んでくる。
 そして門で立つヒヂニの姿に気付いたようだった。
「おお! これはこれは、ヒヂニ様ではありませんか?」
「……失礼ですが、どなたです?」
 いきなり満面の笑顔を浮かべて声を掛けてくる壮年の男に、ヒヂニは警戒感も露わに聞き返す。
「これはこれは、失礼を致しました。私、十津家当主の亜道でございます。そしてこいつが、息子の早建」
「どうぞお見知りおきください、ヒヂニ様。今をときめく英傑にお会いできて光栄です」
「……アドウ殿に、ハヤタチ殿ですね」
「はい、ヒヂニ様。我々十津家も戸塚家の皆様と仲違いしていたとはいえ、分家である事には変わりありません。いつか復縁したいと考えていた折、ヒヂニ様の評判の高さを耳にし、これを機会にご挨拶に来た次第です」
「それは……どうもわざわざ」
 ヒヂニの言葉は素っ気無かった。
 だがアドウは気付いてもいない素振りで、自分の隣へ振り向く。
 それに応えるように一歩、ハヤタチが進み出た。
「ヒヂニ様ほどではありませんが、私も天衣に乗る身。もし必要とあらば、いつでもお呼びつけ下さい」
 一礼したハヤタチは、不敵で尊大な笑みすら浮かべていた。
 硬い表情をしているヒヂニを気に掛ける事も無く、慇懃な態度を崩さない。
「それでは失礼します。ヒヂニ様」
 そして姿を見せたのと同じぐらいあっさりと、二人は去って行った。
 それを見送ったヒヂニは――汚物に触れたかのように、険しい表情をしていた。
「……どういう事ですか、父上」
「どうもこうも無い。お前の評判を聞きつけて、我らとの関係修復に来たのだ。そちらに利を悟ったのだろう」
 いつの間にかヒヂニの後ろには、父ネソクが立っていた。初老を迎えつつあっても武人らしく背筋は伸びている。
 その父へ、ヒヂニは苦虫を噛み潰したような顔で振り返った。
「よくもまぁ……おめおめと姿を見せられるモノですね。かつて戸塚家当主を毒殺した疑いはまだ晴れていないというのに」
「それも十津の先代が勝手に騒いだ話だと奴は言っておった。今日はお詫びにと、ミツハの病に効く貴重な薬を持参してきてくれての」
「そうやって戸塚家を懐柔するつもりですか」
 その言葉を咎めるようにネソクは眉をひそめた。
「そう言うでない。ミツハの薬が手に入るのは純粋にありがたい。それに奴らがこうしてやって来たのは、お前の功績にあやかろうとしてであろう。いわばヒヂニ、お前の臣下になりたがっているのだ。反勢力を築かれるより良いでは無いか」
「……私も毒殺されなければ、ですが」
「安心せよ。今や暁中に名を轟かせるお前を殺すほど、十津家はバカでは無い。……狡猾だがな」
 最後に不穏な言葉を言い添えて、ネソクは身を翻す。それから顔だけで振り返った。
「……まぁしかし、こんな事は些末な事よ。もうすぐ、亀裂を塞ぐ天衣が完成するという話ではないか。お前は暁の命運を決めるその戦いに集中するが良い」
「ハッ。……分かりました、父上」
 歩み去っていく父へ、ヒヂニは恭しく頭を下げる。
 そう、鬼達との戦いはもうすぐ終わる。
 ならばヒヂニのする事はただ一つ。

 英傑として――最後の戦いを、勝利へ導く事だった。
▼.暁、激動

 葉月も中旬に入ったが、特殊天衣の完成は予定より遅れていた。
 皇女がひどい熱を出して病に伏せたためだ。それでも完全に神事を休んでいるわけではなく、葉月中に天衣は完成するだろうという話である。
 だがそれより早く『神生祭』の日が来る事になり、街はその準備に追われていた。
 ……しかし祭りの準備の喧騒とは対照的に、天野家は重苦しい空気に包まれていた。
「……ごめんね、ナギ。ヒヂニに嫌われちゃったみたいでさ……。結局、誘えなかった」
「……兄様っ。それはもう、ようございます……。でも……」
 屋敷の一室で、ナギがムラクモに詰め寄って着物の裾を強く握る。その瞳は潤んで、今にも溢れそうだった。
「どうしてなのです……? 兄様は一般の操縦士よりも下手くそだとみんな言っております。ヒヂニ様ともその事でケンカしたのでございましょう? でも何故……何故なのです兄様っ。
 兄様は天野家の英傑なのに……!」
 ナギはとうとう泣き出して瞳から大粒の涙をこぼし始める。彼女が切なげにしゃくり上げる度に、板張りの床へ水滴が落ちた。
 きっと、学習院で心無い事を言われて耐えているのだろう。ナギは一人、兄が原因で軽蔑を受けているのかもしれない。
 だがそれでもムラクモは唇を噛みながら、深く沈黙する。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう