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アカツキに散る空花

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 ホヒは腕を組み、思案深げに扇子を額に当てた。色々と考えを巡らしていたようだが、すぐに諦めたように首を振る。
「まぁ……今はその件については良い。
 それより空鬼の事だ。結界神社からの言霊では三体発見の報だったのだが、実際には五体いたと言ったか?」
「はい。どうやら二体は別行動を取っていたようです。しかし灰空鬼でしたので……見逃したのかもしれません」
「なるほど、灰空鬼か。奴らは知恵が回るからな。……しかし色付きを含めた五体も相手に被害は一機軽傷のみか。なかなかの戦果だな。良くやった」
「はっ。……ありがとうございます」
「ん? どうかしたか?」
 微妙な表情で労いを受け取ったホオリを見て、ホヒが怪訝に首を傾げる。
 彼はそのまま俯き加減でばつが悪そうな苦笑を浮かべた。
「実は……空鬼二体に後ろを取られてしまい、撃墜寸前でムラクモ様に救われました」
 言ってホオリは小さな溜め息を吐く。
「……といっても、そもそもムラクモ様が迷子にならなければ、そんな危機も無かったと思いますが」
「ほう……なるほど。そんな事があったか」
「……? どうかなされましたか?」
 ホオリが怪訝そうに訊く。
 聞き流されるか、或いは小言の一つでも言われるかもしれないと思っていたのだが、ホヒの反応はどちらでも無かった。
 ホオリは「……いや」と生返事をしてしばらく思考に耽っている。
 それからおもむろに、ポツリと呟いた。
「ムラクモもやはりハバリ様のお子なのか、と考えているんだが」
「……はぁ。ハバリ様の」
 ホオリが訳が分からずおうむ返しに呟く。
 十年前の当時は新人だったホオリだが、それでも部隊の噂や実際に見る姿などでハバリの事は知っていた。
 豪快、豪傑、天上天下唯我独尊。
 全ての人間を従えようとするかのような覇気に満ち満ちており、実際にそれが実現できる英傑の力と信念を持っていた。
 ……そんな豪傑ハバリと息子のムラクモ。
 ホオリはその二人に共通点を何一つ見出す事が出来なかった。
「自分には……二人はかけ離れているように感じますが」
「む……そうか。実際に目の前で見ているお前が言うのだったら、そうかもしれんな」
「はぁ、分かりませんが」
「まぁ、良い。しばらくは様子を見よう。私なりにアイツには期待しているのだ。とりあえず危急の要件でもあるまい?」
「ハッ、……今のところは」
 そう答えたものの、ホオリにはそれが本当かどうか分からなかった。
 今日なども、もしムラクモが数秒遅れれば……自分は死んでいたかもしれない。
 かといって暁にその名を轟かせる英傑を指して、アイツは駄目です、どうにかして下さい、などと言えるわけが無く。
 ホヒもホヒで、引っ掛かる事があるらしく先ほどから考え込んでいる。大方、英傑のムラクモとハバリを何とか線で引こうとする作業なのだろう。あのハバリの子供だからかホヒは、ムラクモに入れ込んでいるらしかった。
 もしそのムラクモが、つい今しがたウズメに泣かされそうになっていた、という事を言えばさすがのホヒも考えを改めるに違いない。
 もちろん、ホオリはそんな事を言うつもりは無かったが。
 ちょうど話が途切れたタイミングで、部屋の外から天衣の駆動音が響いてくるのが聞こえた。
 ホヒは窓の方へ振り返り、竹の網戸を開け放つ。
 その後ろに座るホオリからも、その窓越しに五機の天衣が滑走路へ降下していくのが見えた。
 隊章までは見えなかったが、一機だけ他の天衣とは明らかに違う機種が混じっている。紺色に染め上げた機体に青い縁取りがなされた可変翼機。
 もう一人の英傑ヒヂニが乗る、《ツクヨミ》だった。
「ほう……。もうコガネ隊が帰還したようだな。お前達より二十分は早い」
「ッ、お言葉ですが……ホヒ団長。
 任務遂行時間の優劣よりも、帰還時の被害状況と撃破した空鬼数が重要かと自分は考えますが」
「おう、怒ったかホオリ。だがお前の言う通りだ」
 ホヒはからからと楽しげに笑いながら、彼の意見を認めて大きく頷く。
 それからジッと部屋から着陸するコガネ隊へ目を注いだ。
「ふむ、全機損害無し」
 鼻歌でも歌うように言い放った彼女は、輝くほどの満面の笑みだった。
「コガネ隊は無事に色付き含む、空鬼六体を殲滅したようだぞ。ホオリ一将」
「ッ、……さようで、ございますか」
 ――完敗だ。
 ホオリはがっくりと頭を垂れて、沈黙する事しかできなかった。



 ムラクモの騒動から一週間後。
 暁航空基地の格納庫前には決して小さくない人垣が出来ていた。
「……このアホウが!!」
 罵声と鈍い音が響き渡り、遅れて石畳の上へムラクモは倒れ込む。
 肩で息をしながらそれを見下すのは、ヒヂニだった。
「一度ならともかく、二度も三度も同じ失敗をするとはどういう事だ!! しかもこんな初歩的な失敗を……英傑の名に泥を塗って恥ずかしくないのかッ!?」
 言い放ち、ヒヂニは乱暴に彼を掴み上げる。
 膝立ちの姿勢になったムラクモの顔には、痛々しく青黒いアザが頬に付いていた。
 そしてそのまま涙目になった顔を上げてヒヂニを見る。
「違う……。僕は――」
「何だ? 三度も同じことをしておいて言い訳かッ!?」
「…………ううん。何でも、ない……」
「――コラァ!! 散れ、何をやっている!!」
 怒声が響き、二人を囲む人垣がサッと割れた。五、六人の警護の兵が歩いてくる。
 それから隊長とおぼしき男が、中心で争う二人に声を掛ける。
「……これは一体どういう事でしょうか。白昼堂々、こんな場所でケンカをなされては我々も困るのですが」
 やや不満げな口調だったが、それも仕方が無い事だろう。
 軍でケンカはご法度だが、それを模範となるべき英傑の二人がしでかしたのだ。警護兵が眉をひそめるのも当然というモノだろう。
 とはいえその二人のうち一人は最近、……英傑と呼ぶには疑問のある存在になりつつあったが。
「ごめん、何でもないよ……? この傷は、さっき転んじゃってさ」
 小さな英傑の下手な嘘だった。
 しかし、駆けつけた警護兵は「そうですか」と渋々頷いてみせる。
 加害者が英傑では強制連行するのもよくない判断だ。
「……ではお二人とも、これからは公の場での口論は控えて下さい」
「心配するな。こういう事はもう起こさん。――あんな良い加減の奴とは二度と口を聞きたくないからな」
「…………ヒヂニ」
 辛辣な言葉を吐き捨てて身を翻した彼の背中に、ムラクモは寂しげに呟く。
 俯き、何かを耐えるように拳を固めた。
 まるで子供が泣くのを我慢しているかのようなその姿を見て、警護兵達も白けてそれぞれ引き返していく。
 人垣も散り散りになり、後にはムラクモ一人だけが立ち尽くしていた。


 その騒動から日が経つにつれ、ヒヂニとムラクモの立場は正反対のモノになっていった。
 かたや暁を担う英傑と称され、かたや前代未聞の放蕩者の英傑と揶揄される。
 しかも、その評価は概ね正しいかのように二人は出撃する度に真逆の戦果を挙げた。
 日々空鬼の出現数は増加していたが、ヒヂニが出撃すれば例え敵が十体に届こうとも相手ではない。
作品名:アカツキに散る空花 作家名:青井えう