アカツキに散る空花
サクラ隊、ウズメとミサキの操る二機が、空鬼を畳み掛けるべく急襲を仕掛けていた。
「よし、射程距離ッ! 行くよ、合わせて!」
「了解ウズ姉ェ! ターゲットロックオン!」
怯む空鬼達を狙って、風防の中を緑の目標指示ボックスが走る。
直後、傷を負った空鬼達はクモの子を散らすように三方へ散開した。それに合わせて二機の天衣は――それぞれ違う標的を追う。
「ちょっとミサキ!? こっちよ!?」
「ワーット!? そ、そうだったの!? どうしよーッ!?」
「っ、仕方ない! とりあえずこのまま各自で敵を落とすわよ!!」
「ラ、ラジャー!!」
連携を取れず、各個撃破の戦術を取る二機。
急降下攻撃を仕掛けるまでは良かったが、急ぎ過ぎたせいで十分な意思疎通を図る余裕が無かったのだ。
それでもどうにか空鬼の後ろを取り、敵を照準するウズメ。目標指示ボックスは風防を這い回り、標的へと重なる――。
『きゃあ! ウズ姉ぇ、ヘルプッ!! 背中に空鬼が――!!』
「……え? って、まずい――!」
振り向くと、ミサキ機は空鬼に背中を取られていた。
ウズメは前方の敵を照準しきるのももどかしく、即座に機首を翻す。
照準変更。ミサキ機の背中に付いた空鬼へ目標指示ボックスが重なり、「発射」の文字が風防に輝く。
だが攻撃するより早く――ウズメは、衝撃に揺さぶられた。
「――なっ!?」
被弾警報が鳴り響く。
尾翼に被弾、損傷軽微。誘導魔弾の爆発ではなく数十発の非誘導魔弾の一部に被弾したらしい。状況ディスプレイでそれを確認したウズメが、ハッと我に返って正面へ顔を向ける。
――正面空鬼へのロックオンが外れていた。
その空鬼が目の前で魔弾を発射する。即座にミサキ機は回避機動を開始。
「くっ、少し耐えてミサキ!」
親元の空鬼を撃墜さえすれば、魔弾は誘導性能を失う。
しかし再び空鬼を照準しようとしたウズメの耳に、今度は魔弾接近アラートが叩いた。
「後ろ……ッ!?」
ウズメが機首から突き出た鏡越しに後ろを見ると、背後に空鬼が付いていた。恐らく先ほど自分が放置した空鬼だろう。
さらにウズメの頭上からも、――三体目の空鬼が降下してきていた。牙の隙間から墨色の魔弾を充填させているのがハッキリ見える。
ほぼ無意識の行動、ウズメはとっさに回避機動を取る。推力噴出孔を輝かせ、急旋回。
だがそれは正面空鬼を撃墜する最後のチャンスを放棄したのと――同義だった。
「しまっ……ミサキッ!!」
『う、ウズ姉ぇえええ――!!』
ミサキの鼓膜を叩く魔弾警報アラートがさらに高鳴る。
天衣の機動と共に流れていく視界の中で、ミサキ機へとうとう魔弾が激突する――――直前。
魔弾は小さな火花と共に空に掻き消えた。
『『……え?』』
気の抜けた声を発する二人。
同時、爆炎が空に轟く。ウズメの頭上から迫っていた空鬼が羽をまき散らしながら錐揉み、落下していった。
『二人とも、無事かっ!?』
『消気弾『旋風』命中、魔弾無力化完了……。サクラ3、サクラ4。態勢を整えて下さい』
隊長ホオリに続き、副長アスハの冷静な声が響く。
その頃には、頭上から急降下してくる二機の姿が見えていた。
『この、バカどもっ! まとまって動かないと援護がしにくいだろうが!』
「あう、す、すいません。助かりました!」
『気を抜かずに、サクラ3。まだ二体が生きています。方位南南東! 照準完了、攻撃ッ!』
戦況報告を続けながら、散開したアスハ機が空鬼一体へ魔弾を発射していた。高速魔弾『鳳仙花』が標的の胸を貫き、背中から血肉と爆炎を弾けさせた。
黒い断片を霧散させながら空鬼は落ちていく。
「あれ……後の一体は?」
態勢を立て直しながらウズメが空域を見渡し、最後の空鬼を探す。
いつの間にか周辺空域から見失っていた。
『こっちだ! 南東方向へ逃げている!』
ふいに言霊感応装置に響くホオリの声。三機がそちらへ目を向けると、この空域から高速で離れていく天衣と空鬼が目に入った。
『距離二千! 行きましょう、援護へ!』
副長アスハが指揮を取り、同時に三機がそちらへ機首を翻す。
だがホオリ機はもう空鬼を射程距離に収め、照準をしている所だった。
「……選択兵装、中距離誘導魔弾『葵』。距離八百」
照準装置が起動。
標的を追って風防上を飛び回っていた目標指示ボックスが、完全に空鬼に重なった状態で赤く染まった。中に浮かび上がる「発射」の文字。
それを見るか見ないかのタイミングで――ホオリは右手親指を押し込んだ。
微かな震動と共に射出される一撃。
薄紅色の魔弾が空鬼へ高速で迫っていく。
だがホオリは、――その命中確認をする事が出来なかった。
「……ちっ、新手か!」
横手の雲の切れ間から、突如として漆黒の空鬼が現れた。発射直後で僅かに硬直したホオリ機の後ろにピタリと付く。
ホオリは顔を歪めて舌打ちする。
加速しながら旋回し、空中格闘戦に移行せざるを得なかった。
同時に前方で爆炎が上がり、空鬼を撃破したようだったが確認する暇は無い。容赦ない加速度が機内を圧迫し、状況ディスプレイ下に設置された銅鏡はその緩和限界を超えた。ホオリの全身が座席へと抑えつけられる。
「サクラ1から各機へ、援護を頼む! どうやら、二体居る!!」
『……向かっています! 少しだけ、耐えて下さい!』
機内に響くアスハの声は切羽詰まっていた。三機と距離が開いている事は、ホオリ自身にも分かっていた。逃げるように空域を離れる空鬼を追ってきたのは彼自身なのだ。ホオリは歯軋りする。
視界の隅には通常の空鬼と、他の空鬼より色素が薄い鼠色の空鬼が見えた。角の数や輪郭などの細部も若干違う。
――色付き。
しかもその灰色は滅多に見ないが、高い知能を持った厄介な空鬼である。例えば、味方を犠牲にしてでもこちらを仕留めに来るような……ずる賢く、狡猾な空鬼だ。
その二体はホオリ機の機動を制限して、着実に追い詰めていった。
「ッ! しまっ――!」
二体の出現に焦らされたホオリは、操縦失敗を自ら悟った。同時、急旋回を掛けていた天衣が突如大きく揺れて――態勢を崩す。失速、操縦不能の錐揉み状態。
空を斬りつけるような無茶な機動を続けた結果、気流の乖離を起こした翼は失速状態に陥ったのだ。
「っぉぉおおおおお!!!」
ホオリは回転する視界の中、必死に機体を立て直そうとするが――失敗は致命的。
一直線に落ちる天衣を、口先に黒い魔弾を充填した空鬼二体が確実に捉えていた。
「隊長っ……!」
「そんなっ!」
「いやあッ!」
手を伸ばせば届きそうな距離にまで駆けつけた三人の視界が、絶望に染まる。
ホオリ機へ黒い魔弾が高速で走っていく。
そして空に爆音が響き渡った直後、――黒い炎が天衣を焼き砕く姿を、三人は幻視していた。
だがその爆音の正体は、ホオリ機の頭上で空鬼二体を包み込んだ緑色の炎だった。
自然発火したかのように突如燃え上がった鬼達は、その内一体が四散して消え失せる。
直後、ホオリ機に迫っていた魔弾は命中しないまま天衣尾翼のすぐ後ろを通り過ぎていく。
……何が起こったか、誰にも分からなかった。