秘密の花園で待つ少年 ~叔母さんとぼくの冒険旅行~
夢の中、なんとなく夢だと認識した上で見る夢ってあるよね。今のがそれ。
ぼくの目の前に大きな白い薔薇がある。
薔薇といえば真っ赤なビロードのような色を思い起こすんだけど、濃い緑の葉に包まれた白い薔薇はほのかに黄色というかクリーム色だろうか、それに黄緑色を混ぜたような不思議な色をしていた。
……陶器みたいだ。
そう、思えるような完璧な形のそれは、あふれるような芳しい香りを漂わしている。
触りたい。思うよりに先に手が花びらに伸びてその薔薇が陶器か、それとも作り物か生花か確かめたくてその花びらを撫でる。
なめらかなその肉厚のある花弁は、食めばきっと甘い砂糖菓子の味がするんじゃないかと錯覚させ、触れる指に力が入るか入らないかの瞬間、強い風が花を揺らしてぼくに吹きかけた。
一瞬、光に包まれて眩しくて目を細めたあと見開くと一気に視界が広がった。
そこには白、赤、黄、ピンクのさまざまな色の薔薇の咲く庭園に囲まれた大きな洋館が佇んであったのだ。
…ぼく、もうイギリスに着いていたの?!
驚きと感動と興奮が高まり、踏み込もうとしたとき、その風景は急激にぼくから風の音と共に遠ざかり瞑ったまぶたを空けると今度は薄暗い機内の天井を見ていた。
「あ、あれ?…そっか、まだ着いていなかったか。」
でも、あれはとても不思議でリアルな夢だった。薔薇の手触りと香りはそれまで花なんて飾り程度にしか思っていなかったぼくの認識をくつがえすほどの感覚を与えていた。なんていえばいいんだろう? …女の子の頬に触れた時の胸の高鳴り?
そこまで考えて突然恥ずかしくなって思考を停止させた。きっと今ぼくは顔が真っ赤なトマトのように火照っているに違いない!
やましい気持ちがバレていないかチラリと万理おばさんを盗み見る。万理おばさんは相変わらずアイマスクをして口を半開きで寝ている。ホッとしたぼくは逆の隣の席の老人を振り返る。
おじいさんは席を離れていない。ちょっと考えて、今のうちにもう一度トイレに行っておこうと席を立った。気分も落ち着くに違いない…。
機内は薄暗く、足元のライトが点々と灯っていて道を示している。トイレの位置は四か所。前方ファーストクラスの後方二つ、中に二か所四つずつ、客室乗務員が待機する非常口付近、そして最後尾に二つ、何百人もの客が利用するには少ない数ではある。寝息の聞こえる今現在だって、食事後ほどではないが数人の客が開くのを待って列をなしていた。
待っている間、小さな窓から外を見ることができた。万理おばさんの言う通り外は真っ暗な闇だ。今はどの辺を飛んでいるのだろうか明かりひとつ見ることができなかった。
席に戻ってみると、おじいさんは席を立ってぼくを通してくれた。そして、にっこり笑うと座席前の画面を指さした。
ぼくが隣の画面をのぞくと英語表示で示された地図の上を緩いカーブの線が引いてある。今、丁度北欧の半島を過ぎ、イギリスの島との間の海、北海あたりまで来ている。
「これって飛行機の現在位置? えっと、こういうときはどう言うのかな?……す、すーん?」
『? もう、着くのかと聞きたいのかな?』
『! イエス。もう着きますか?』
『おお、そうだよ。坊や』
二人でにっこりとほほ笑むと、それ以上の会話はなかったけど、おじいさんが貰ってきた水をコップで半分に分けてささやかながら乾杯して二人で飲んだんだ。
やがて飛行機はゆっくりと高度を下げて着陸態勢に入った。
眠っていた万理おばさんも起きて空気枕をつぶしたり身の回りの片付けを始めた。ぼくも足元の手提げかばんにゲームや宿題を入れて戻す。
座席前の画面が変わって飛行機前方を映し出すが、現在のイギリスの時刻は九時三十分、見えるのはイギリスのヒースロー空港の誘導灯の明かりが均等に並んであるだけだ。
その明かりを導に飛行機は移動してゆっくりと、そして少しバウンドしてその地に着陸したのだった。
ぼくたちは機内で人が降りて引けるのを待っていると、おじいさんは『よい旅を!』と一声かけて列に割入って先に飛行機を降りた。
僕たちも後方からゆっくりと空港内へと入っていく。韓国と違って古い感じのヒースロー空港はすでに深夜ということもあってかちょっと薄暗い。
入国審査で、機内で書いた入国カードを渡したがいいが、緊張で質問にちゃんと答えられたかわからなかった。なんとか手続きを済ませると、手荷物を受け取って広いホールへと出る。そこには迎えを待つ人たちであふれていた。
アジア人でない顔、顔、顔。
圧倒されて立ち止まっていると、隣にいた万理おばさんが突然大きな声を出した。
「いた!鹿朗。行きだけ送迎を頼んでおいたのよ。着くのは深夜だってわかっていたらね。ほら、あの人よ」
見ると、お腹の大きな中年の男の人がノート大の紙に《ウエルカムトゥロンドン!マリ、ロクロウ!》と、書かれている紙を掲げていた。
『こんにちは!あなたがトラベル企画から派遣された運転手?』
『イエス!あなたがマリィ?』
『イエス。よろしくね。ああ、これがホテルのバウチャーよ』
万理おばさんは紙を広げて運転手の男の人に見せている。
『オーケイ、オーケイ!車はこっちだ』
男の人は頷くと駐車場へとぼくたちを連れ、ヒースロー空港から離れた。
車は暗い高速道路を走りやがて町の中へと入っていく。住宅街あたりを過ぎるとやがて大きな看板などが目を引くようになり、人通りの多い道路を通る。そして、一時間ほど走っただろうか? 人気のない通りで車は止まった。
車を降りると車のトランクからスーツケースを取り出してもらい、万理おばさんは受け取った手でチップを渡して礼をした。
小さな建物には『ザ・ウエッジウッドホテル』と書かれており、中に入ると小さなカウンターとアンティークなソファーとテーブルが置かれている。もしかして、狭いけどここがフロント?
万理おばさんが一言二言、カウンターのいかにも留守番風の若い女性にバウチャーの紙を渡した。
女の人はパソコンを操り頷くとホテルのカギを渡して、言った。
『シャワーは十一時まで。朝は七時から朝食が始まります。何か質問は?』
『特にないわ』
女の人は『そう』と言うとパソコンに向かうとそれきりだった。
無愛想な人だな…。
「え、もういいの?」
「こっちよ、鹿朗。うわー、このエレベーター使えるのかしら?」
冷凍庫の扉か?と思われるような色も飾りもないエレベーターの扉は重そうにゆっくりと開いた。狭い室内。ぼくと万理おばさんとスーツケースを入れるとスペースはあとわずかだ。
ボタンを押して三階へ。エレベーターを降りてもすれ違うのでやっとの細い廊下を部屋を探して辺りを巡らせ、307号室の鍵を開けてぼくたちは中に入った。
307号室へ入ると、まず正面にテレビが壁に取り付けてあり、その下には電気ポットやティーカップなど並べてある机と棚が備え付けてあった。奥を見てみると、狭い空間にベッドが二つ…。
作品名:秘密の花園で待つ少年 ~叔母さんとぼくの冒険旅行~ 作家名:露寒