秘密の花園で待つ少年 ~叔母さんとぼくの冒険旅行~
「ぶっ、あははははははは! 辛かった?! 辛かったでしょ! それ、唐辛子チョコよ。韓国っぽいでしょ。」
人が涙目でいる横で大声で笑い、喜んでいる。万理おばさんってよくこういういたずらをやってくるんだ。
もう、ひどいよ! ぼくは赤でなく緑の包み紙のチョコを口直しに食べる。
あ、これは甘栗が入っている。おいしい!
「意外とおいしいと思うけどねぇ、このチョコ」
ニヤニヤとしながらチョコを頬張る万理おばさんは、ぼくをみて言った。
「これからまた十時間くらい飛行機に乗ることになるわ。座席は狭いし、退屈で立って歩き回りたくなるかもしれないけど迷惑になるから控えてね。寝る人も出てくるし、夜の中を飛ぶから機内は暗くなるの。映画やゲームはやっていいけどさっきと同じように、イヤホンをして低めの音で聴いてね。時差ボケもあるから少しは寝た方がいいかもね」
「夜の中を飛ぶ?」
「これから太陽に追いつかれないように飛ぶのよ。真っ暗でなにも見えなくて面白くないかもしれないけど、トイレに立った時にでも窓から外をみてみたら?」
太陽に追いつかれないように飛ぶ?
不思議な言葉だった。たしかにぼくたちは西へ飛ぶわけだが、十時間もすれば夜が明けないわけがない。首をかしげるぼくがその意味をのちに納得することになる。
やがて、ハングル語と英語のアナウンスが流れ、ぼくたちの乗る機体のゲートが開かれた。すでに持たされたレシートみたいなチケットを手に、ぼくたちは並んで機内へと入る。前回と同じような内装の機内だ。
ぼくたちの座る席を辺りを窺いながら探す。
今回は、やっぱり白人が多いみたいだ。そう思っていると万理おばさんは一人の老人の前に立ち止まる。老人は大きめの荷物を棚に押し上げているところだった。
『こんにちは。こちら通りたいのだけどいいかしら?』
万理おばさんは英語で尋ねた。
老人はぼくたちの存在に気が付かなかったのかハッと軽く驚き、荷物が手からずり落ちそうになる。慌てて万理おばさんは、横から棚に押し入れるように手を出した。
『おお、ありがとう。どうぞ、通りたまえ』
老人はにこやかに席を空けてくれた。万理おばさんのあとに小さなぼくが一緒に席に座るのをみて、老人はぼくに声をかけてくれた。
『コリアンかい?英語はわかるかな?』
『すこし、ぼくは日本人です。』
『短い間だが、よろしくな。坊や』
緊張して短い文章で答えたぼくににこりと微笑むと、大きな鷲鼻の紳士風の老人はシートベルトをしめ、毛布を掛けると細い眼鏡を取り出して英字新聞を読み始める。
実は、お母さんから小さいころから英会話クラブに通わされて、簡単な英語の歌や挨拶程度の英語を教わっていただけだったが、なんとなく聞き取ることができた。
これまでは、小学校に上がってからもクラブに通わされ、どうして続けなくてはならないのかわからなくて反抗心もあってお母さんに聞いてみたことがあった。
「これからは英語は授業の一つとして必須になる時代がくるわ。少しでも理解しているとあとで楽なのよ」
これがお母さんのいつもの言い分だった。実際、来年の科目の一つに英語の授業が追加されることを耳にしている。が、幼稚園くらいにやった歌をうたうことからまた始めなくてはならないようなので、繰り返しているだけのような気がする。
けど、今、この時だけはお母さんに感謝することになる。
……ぼく、外人さんの言葉がちょっとわかった!
これはぼくにとって、驚きの事実だ!
でも、だからといって年老いた紳士風の老人に気軽に話しかける勇気もなく、たまに様子をチラリとみるだけで身の回りの準備を始める。
万理おばさんといえば、そんなぼくの感動はお構いなく。今回は空気で膨らませて使うマクラを自分とぼくの分二つ膨らませて首に挟め、アイマスクまで取り出した。借りた毛布を広げてイヤホンをつける。
「これで寝る準備は万全ね。」
寝る気満々だ。
「…すぐに寝ちゃうの?」
「着いても深夜だけど、疲れちゃったのよ。むやみに起こさないでよね」
そういうと、飛び立つ前にアイマスクをつけ、毛布を肩までかけた。
その後、映画を観て、ゲームに厭きたあとは宿題をしてみたり、そのうち機内食が運ばれてぼくは前回と同じビビンバを万理おばさんはポークを頼んで失敗したと怒るのをなだめて、混まないうちにトイレに駆け込んだりしているうちに疲れが出てきたみたいで、ぼくは浅い眠りについた。
作品名:秘密の花園で待つ少年 ~叔母さんとぼくの冒険旅行~ 作家名:露寒