欠如した世界の果てで
胃の中のものが逆流して、そのまま下手に動かすと喉に詰まる、というのを聞いたことがある。
一応、俯せのままはキツいだろうから、仰向けにはしておいてやる。
(ったく……、俺も随分と甘くなったもんだな)
溜め息をつき、昔、親父に言われた言葉を思い出していた。
「いいか、よく聞け。"やれる奴"の反対は"やれない奴"ではなく、"やらない奴"だ。それと同じく、"優しい"の反対は、"甘い"だ。よくわかっていない奴がやると、それは"甘い"になる。心得ておけ」
(こんな言葉、非日常でしか役に立たねぇとか思ってたが、まさか、マジで役に立ちそうじゃねぇか…)
よく考えてみれば、こいつはついさっき会ったばかりの他人だ。
親切心だか何だかで助けてやったが、これで俺を殺そうとか考えてやがったら、マジで"甘い"。
「だあぁぁぁぁぁあッ!!」
何か無性に腹が立ってきた!
やっぱ、こんな奴を助けるんじゃなかった!
つーか、よくよく考えてみたら、とにかくおかしいだろ!
だって、何か変な僧侶のコスプレしてるし、カタカナの名前なのにどんだけ流暢な日本語で話してんだよ!
いや、それ以前に、ここどこだよ!?
日本のどこ!? ってか、何で富士の樹海からいきなりこんな所に来てるんだ!?
まてまて、夏なのに、何でこんな草原的な場所にバッタ一匹いねぇんだし!?
ちょ、何で俺はこんな非常時にコスプレ野郎と悠長に会話してんだ!?
頭が破裂するような勢いで様々な疑問が飛び交い、これがもう怒って済むような問題じゃないことに今更ながら気がつく。
もうこれは「僧侶が起きてから考えればいいんじゃね?」とか、そんなレベルじゃなく、「よし、今すぐこいつを叩き起こすか!」ぐらいのレベルだろ!
でも、気絶したのを起こすのはな…。
結局、待つことになった。
横顔を眺めて、俺は不意に思う。
こいつを助けたのは、勝弥に似ているから、という理由なんじゃないかと。
なら、こいつが全く知らないような見た目だったなら、俺は助けていなかったのだろうか。
わからなかった。
考えの中に、どうしても嘘が混じってしまう。
「俺は、甘い、偽善者だ」
呟いた言葉は誰に言うものでもなかったが、声に出すと、自分がそうやってどれだけ嫌な奴であるかが身を焼いた。
だが、同時に、それでも、いいとも思った。
この、甘い偽善でこうやって少しでもいいことができるなら、それでもいいじゃないか、と。
まさか、自分の甘さが作ったこの時間が破滅へと繋がって行くものだとは知らずに。
作品名:欠如した世界の果てで 作家名:アミty