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欠如した世界の果てで

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第一章 破滅



「はあぁぁッ!」
 キイィィンッと甲高い音が辺り一面に響き渡った。
「貴様などに我が倒せると思うか」
 背後で声が聞こえ、ハッと振り返った頃にはもう手遅れだった。
「ぐあぁあ!」
 左腕が焼け爛れる。
 痛みを感じたのはその時だけで、その後は感覚がなくなり、何も感じなくなった。
ついでに、左腕の神経が全部イッてしまったようで、ピクリとも動かないお荷物にしてくれたようだ。
「ああ、もう勘弁してくれって……」
 そう呻いて、こんなことになった原因を思い出す。
 原因は……家系だった。

 退屈だった。
 毎日毎日同じような剣の修業を受け、瞑想をして、時に魔法を習う日々。
 それが、幼い頃から続いていた。
 同じ年頃の皆が遊んでいても、俺は遊ぶ暇なんかなかった。
 だから、友達なんかは手の届かないもので、憧れで。
 たまに休みがあっても、遊ぶ人がいない。
 かといって、父の所へ行っても相手にしてくれないのだ。
 そんな父の口癖。
「お前は勇者の息子なのだから、常にしっかりとせねばならない」
 俺の父は勇者。母はその父が助けた姫(今は王女)。
んで、俺は勇者の息子であり、王子である。
 主に修業だが、時に王子としての礼儀作法も習う。
 俺はそんな毎日にうんざりしてた。
 しかも、父が倒したはずの魔王は復活しやがるし……。
 んでもって、極めつけは「魔王を倒してこい」ってざけんじゃねーっ!!
…ほんと、ざけんなよ。
 子を子だと思ってねぇ。
そんな奴の言いなりになるのは癪だった。
 けれど、そんなエゴで我が儘を言っている場合ではないってのは分かってた。
けど、どうしてもウザかった。
 そんな俺が動いたきっかけ。
「無理に行く必要はないのよ。これはあなたの人生なのだから、あなたが自らの人生を決めるべき。それをお父さんったら………。でも、そんなお父さんを憎まないで。あなたに頼んだってことは、それほどあなたに期待してるってことなのよ? 憎むなら、私を憎みなさい。責めるように言っている、お母さんを。あなたは優しいから、こうやって言ってしまえば、むしろ行ってしまうのでしょう。そんな私を、憎みなさい」
 そう言った後、母さんは死んだ。病死だった。
 そして、単純だった俺は「死んだ母さんをがっかりさせたくない」なんてカッコつけて、ノコノコやってきたのだ。

 ――魔王城に。

「どうした、勇者よ? 貴様の力はその程度か」
(なんだかんだ言って、悪いのは家系じゃなくて、俺自身だったのかもしんねぇなぁ)
「ならば」
(何かいろいろ面倒臭くなってきたわ。…このまま死んじまおっか)
「消えるがいい!」
(どうやら向こうもその気だしな…)
 薄暗い間を煌々と照らしながら、槍型の業火が上がって、音もなくこちらへ向きをかえてくる。
 不思議なことに、どれだけ近づいてきても熱くない。
(この魔法は…<火炎(ファイア)>? …いや、<火炎槍(ファイアランス)>か?)
 魔法の種類を考えたところでもう遅い。
 今からでは魔法の構築が間に合わないのだから。
「<睡魔(スリープ)>…」
 前唱を省いた、初歩中の初歩の魔法を自分に向かって唱える。
 勿論、前唱を省いた分、威力は感覚を麻痺させる程度に減るが、それで十分だ。
 死ぬなら、痛くない方がいい。
 そして、ふと、どこからか声が聞こえ始めた。
「光よ:悪しを葬る閃きとなり:」
(あ…、ついに幻聴が聞こえ始めやがった……)

「その闇を貫きたまえ―<閃光(ライト)>!」

 視界の端で何かが光ったかと思うと、刹那、火炎槍と俺の間でギラッと強い光が放たれた。
 感覚がなくなったとは言え、眼球の奥が変なふうになるのはどうしようもない。
 ギュッと目を閉じる。
 が、いつまでも悠長にしている場合ではない。
 チカチカする(感覚がないため、正確には視界が)目を再びこじ開け、次は目を大きく見張ることになる。
 何と、さっきまで目の前にあった火炎槍が跡形もなく消え去っているのだ。
「ご無事ですか、レディ。どうです? 僕に惚れましたか」
 レディ、と呼ばれて声の方を見れば、純白の法衣を纏った銀髪の青年がこちらに手を差し延べて立っていた。
「どうしましたか? ……って、男ですか! あー、残念ながら、男とそういう趣味はないんで、どっか行ってくださいよ」
 急に態度を変えたかと思うと、手を振って冷めたように言った。
「てめぇが勝手にやっといてそれかよ」
「わっ、喋った!」
「ったりめぇだろ」
「しかも柄悪い!」
「あ? 何か文句あんのかゴラァ!」
「と、無駄な冗談は置いておきまして」
「先に始めたのはどっちだ!」
「はいはい。不良君は黙っていてください」
 …こっちが一方的に弄ばれている気がするのは気のせいか?
 本当にくだらない言い合いをした後、僧侶(?)はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、唖然としている魔王にビシィッと中指を立て、
「"魔族とは存在するだけで罪"とは、よく言ったものですね! この世に魔族は必要ありません。さあ、消えてください!」
自信満々に言い放った。

1分後――

「ぐはあぁ! こ、この強さは反則ですよ!」
 ボロ負けだった。
 猛ダッシュして魔王の懐に飛び込もうとしたらしいが、何しろ目の前をただ真っ直ぐに走って―しかも僧侶だからあまり速くない―いっただけで、途中、実にあっさりと魔法にやられ、その後は連続で強力な魔法をくらい続けている。
「ぬあぁあ! し、死ぬ! これ以上やられるとマジ死にますから!」
 効いていないように軽い言い方だが、さっきから吐血したり気絶したり、かなりの重症である。
「…つーか、僧侶だろ? 回復しないと死ぬぜ」
 最初、俺もふざけて魔法を使っていないのかと思っていたのだが、それにしてはギリギリ過ぎる程使っていない。
 嫌な予感がする、と思いつつ、冗談だろうと言うように軽く言うと、
「あー、不良君。少し考えてみてください。ついさっき会ったばかりなのですが、この僕が冗談でボロボロになっているとおもいますか?」
「は……冗談、だろ…?」
「いやいや、冗談じゃないですって。残念ながら、MPはあの閃光で使い切りました」
言い切った。
 なんの屈託もなく、ただ言っただけというように、あっさりと。
「なっ……、どうする気だよ!? 冗談だと言え! 何でそんな―」
 言葉は最後まで言えなかった。
 いつの間にか後ろから放たれた魔王の<水流槍(アクアランス)>に、僧侶の腹が貫かれていたからだ。
 反対側からこちら側へ貫ける水の塊に、一切の情けはかけられていないように見えた。
 心臓は外しているが、いろいろな臓器が潰れてしまっているだろうから、死ぬのも時間の問題だろう。
 ドサリと鈍い音を立てて力無く僧侶の体が倒れる。
 魔力の抜けた水が同時に飛び散り、血と混じって俺の頬に飛んだ。
 その水滴を手の甲で拭って、その薄まった血と血にまみれた僧侶の姿を交互に見る。
 手が震える。
 母の死で、こんなものにも慣れているはずだった。
いや、慣れていると信じたかった。
 だが、今はどうだろう。
 手は震え、体は金縛りにあったように動かない。
「嘘だ…」
 無意識に言葉が漏れる。
作品名:欠如した世界の果てで 作家名:アミty