欠如した世界の果てで
プロローグ 魔王
そこは、普通の世界にあるはずのものが、欠けていた。
空気であったり、自然であったり、何もかもがないのだ。
そんな世界の真ん中に立つ―いや、浮いているのだろうか―のは、まだ十四にも満たないような一人の少年であった。
だが、彼は人間ではなかった。
緩やかに波打つ長髪は白というよりも、色素が欠如してしまったように思えた。
鋭く細められた瞳は赤だが、見る角度によってそれは紅であったり朱であったりと、不思議な色である。
上にはボロボロになった漆黒のコートを羽織り、その下にはなにも着ていない。
ぶかぶかのズボンはコートと同じく裂けたりとしていて、その裾をブーツの中に押し込んでいた。
髪を割って突き出ているのは長く尖った耳と、額から天へと伸びている角。
「……」
彼は静かに色白の手を挙げ、空気を裂くように前に動かした。
すると、本当に空気は裂けたように具現化し、たとえるならば、風が通り抜けるように指と指の間を撫でていく。
それを見て、彼は呟いた。
「…また…一つ消えた」
ほとんど消えるように掠れた声で言った彼は、異常なまでに整ったその顔を今にも泣きそうに歪めた。
「もう…誰もいない…。なのに…まだ奪おうというのか……!」
彼に漂っていた悲痛の感じは、刹那、激しい憤りに変わっていた。
風かも分からないものが吹きつける。
煽られて舞い上がったのは、砂なのか。それとも、何かも知れぬものなのか。
こんな世界でも、最初は豊かだったのだ。
大地には草木が萌え、鮮やかな花が咲き乱れる。
空には太陽が輝き、夜の帳が降りれば空一面に星が煌めき、月が夜道を照らした。
春夏秋冬、それぞれの風と匂いを感じ、様々な景色には何回見ても魅せられたものである。
「それが……今はこの有様だ…」
ギリッと歯を食いしばる。
手にも力が入ってしまったのか、強く握られた拳には長い爪が食い込んで血が滲んでいた。
それでも、彼は力を抜かない。
やっと手を開いた頃には、もはや滲んでいるどころかポタポタと指先を伝って滴っていた。
顔をしかめ、涙を一粒だけこぼす。
だが、それは傷ついた自分の手が痛かったからなどではなく、ここでこうやって情けなく佇むことしかできない自分に対しての怒りであった。
「……滅ぼして…やる」
再び、呟いた。
だが、今度ははっきりとした口調で、強い意思を宿して。
「必ず…、貴様ら人間を滅ぼしてやるとも!」
物語は紡がれ始めた。
彼は後に魔王と呼ばれる存在になり――――
作品名:欠如した世界の果てで 作家名:アミty