神社奇譚 2-2 未確認飛行物体
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兎にも角にも御祓いと御焚き上げの日がやってきた。
宮司は願い主たる母親の言い分を聞きなおした。
「この写真は東京タワーの展望台に登って、
その記念に東京の夜景をバックに写したものです。
写したときには、そういうものの存在は気がつきませんでした。
家に帰ってパソコンの画面で大きくしてみたら。」
ふむふむ。なるほど。
その写っていたモノというのは、確かに人には見えない。
獣にも見えない。物ともつかない。
強いて云えば“泡”のような丸いといえば丸い。
不定形といえば不定形。
「ストロボの光が窓ガラスに反射している部分があることはわかりますよね。でも、この影というか、これは最初の写真は明らかに窓の外に居ます。ところが一番最後の写真は多分最初に撮ったのと正反対の場所に
居るんですが、窓ガラスの中に入ってきていますよね。」
写真を目で見る限りは明らかに光を吸収する“存在”で、ただそこからまるで枯れた植物のような触手のようなものが何本か突き出ているのだ。
コレをなにかといわれれば・・。
おそらく多くの人は「宇宙人」と答えるのだろう。
なぜならば地球上のものならばどこかにシンメトリーな部分をもつが
この写っているものについてはそういった法則めいたものがどこにも感じられない。
「私たちを追いかけてきたのですかね?
で、そもそも、これはいったい・・」
宮司は問われると
「私もいろいろなモノを拝見してきましたがコレほどはっきり写っていて
人なのか物なのかの類すら分からない、ただただ現世のモノでないような
特別なものを見るのは初めてですが。」
なんだか、宮司は「宇宙人」と云う言葉を使いたくないらしい。
「とても特別な存在であるのは間違いないらしく、
果たして祓い清めるのが正しいのか、も。わからないのが実情です。
だが・・」
宮司は私に新しく用意した祝詞の書かれた奉書を持ってくるように
目配せをしたのでお持ちする。
「古来より日本人は特別な力を持つものを恐れるが故に
其の荒ぶる魂を鎮めるために御奉りをしてまいりました。
そして其の魂の霊力をも自らの守り神として崇める事により
味方として参りました。」
「全国に広がる天満宮も元を正せば
「道真の怨霊が雷神となり、それが天に満ちた」ものを畏れ崇めるうちに
我々日本人は学問の神様としたように。
明治天皇が崇徳天皇の怨霊を「新生日本の守り神」として
手厚く御祭りしたように。」
なるほどね。
そういう日本人観というのもあるのか。
と私は思った。
脅威をも自らの力に変えてゆこうという感性は
インドのシバ神・・破壊と破滅の神でありながら再生の神という
両端に及ぶ神の属性に似ている。いやシバ神は神道の世界では大黒様として大国主命(オオクニヌシノミコト)と習合されている。
インドの信仰に近いのか、それとも万国共通なのか。
「特別な力を備えた存在であるがゆえに、恐れ戦くのは解ります。
それゆえ御祓いをいたします。其の後、お焚き上げをいたしまして
この物には灰に戻ってもらいます。
同時に不吉な事が起こらないよう神社の神様に御守りいただきます。」
そして、神事が始まった。
修祓(シュバツ)を行ない、宮司一拝と式次第をこなし
祝詞奏上となる。
この祝詞というのがお寺のお坊さんのお経と違うのは
一度きり憶えたのではない、一点ものである点である。
其の度に神職は祝詞を用意する。
そして今回のような特殊な上にも特殊な祈祷については
新たに作文をし直すのである。
そして今回のために準備した祝詞は通常の祝詞の倍近くある大作で
いつになく重々しく、いかしく、いつもよりゆっくりと宮司は奏上した。
途中からは、正にこの一家を禍事から遠ざけ護り給えと力の限り
吼えるような、まるで全身全霊を込めた奏上となった。
物静かな人として知られていた宮司のあまりの迫力在る祝詞の奏上に
私はもちろんのこと、願い主のご家族達も驚いていた。
余りの迫力に言葉を失っていたほどである。
その後、件の写真とデータディスクの御霊抜きの御祓いをして処分した。
作品名:神社奇譚 2-2 未確認飛行物体 作家名:平岩隆