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「山」 にまつわる小品集 その壱

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 もうすぐ結婚をする。その前に詩織とのことは決着をつけておきたかった。心にわだかまりが残ったままだったから。
 結婚相手の彼女と詩織は、大学時代からの友達だと分かった。詩織の告別式で知ったのだ。そして彼女は、僕と詩織が時々ふたりで山に入っていたのを知っていた。

 俺は詩織を愛していたのだろうか。いや、愛は本物だった。しかし、目の前に吊るされた人参を除けるのをためらっていたのも事実である。
 詩織はそんな俺の気持ちを見抜いていたのかもしれない。それであんなことを言ったのだろうか? 詩織の俺に対する愛は・・・純粋に愛すればこその言葉だったに違いない。

 俺は、俺が、あの時手を伸ばしたのはなぜだろう。一瞬にしても詩織がいなければ、と考えたのだろうか。
 殺意?
 詩織の気持ちをひとり占めにしておきたかったのかもしれない。たとえ別の人と結婚することになったとしても、詩織は自分だけの人でいてほしかったのだ。
 今、こうして詩織は心の中にいる。俺の心を占めているのは詩織だ。

 チリーン

 かすかに鈴の音が聞こえる。鈴の音? 詩織、いるのか!
 そうだ、今歩いている所は、詩織が・・・

 詩織、許してくれ!
 山から下りたらおれは結婚をする。今では彼女を愛してるのだ。地位やお金のためではない。彼女を、愛してしまった。
 詩織、聞いてくれ!
 彼女はすばらしい人だと思う。しかも詩織の友人だろ。

 チリーン   チリ、チリ、チリ、リ――ン

 わーっ、詩織許してくれ〜〜

           ☆  ☆  ☆

「風が強くなってきたからだれか、風鈴を中に入れてちょうだい」
 
 山の中腹にある国民宿舎。

 ひとりの遺体がその近くから見つかったのは、数日後のことである。


                      2011・5・11