「山」 にまつわる小品集 その壱
「小池先輩! 今年も合ハイに参加されますか?」
「そうねぇ、あれっ美也、あなたから声をかけてくるなんて・・・ははぁ、さてはお目当てさんがいるな!」
「そ、そんなこと・・・山歩きって気持ちがいいですよね。ただそれだけのことです! それにたくさんの人たちと一緒に山を歩くのが楽しいですし」
若い男女はエネルギーの塊である。ロックガーデンを過ぎるとしばらくは、登り気味のゆるいアップダウンが続く。だれともなく歌を口ずさむと、16人の声が唱和していって山に響き渡った。
わ か〜くあかるいうた〜ごえに〜
なだれは〜きえるは〜なもさく〜
あ〜〜お〜いさんみゃあく〜ゆきわりざ〜く〜ら〜
そら〜のはて〜
きょうもわれ〜らの〜ゆうめ〜〜を〜よぶ〜
少しきつい登りを終えると、なだらかに広がる東お多福山に到着した。
この頃になると、それとなくペアができていたりもする。
美也子は昨年と同様、石田雄介の後ろについていた。
男性たちのほとんども寮生活をしている。雄介は岐阜県出身だった。
それで女性たちは協力して朝早くからおにぎりやおかずを作り、男性たちの分も用意して来たのである。
「う〜ん、やっぱりおにぎりって、うまいなぁ〜」
「山の空気が澄んでるから、よけいにおいしく感じるんだと思います」
「いや、あなたが握っているからです」
「どのおにぎりを私が握ったのかなんて、分かりませんよ」
「じゃ、あなたが隣にいるからかなぁ」
「まあ、ご冗談を!」
「アハハハハ」
「ウフフフフ」
奥池園地では、輪になってゲームをしたり歌を歌ったり。
そしてふたりはどちらからともなく、ボートに乗ろう、と誘いあった。
雄介は美也子の手を引いて揺れるボートの上に導いて坐らせ、オールをとると池の中央に向かって漕ぎだした。
ふたりきりになると、それまでの和やかな雰囲気はどこへやら、ぎこちなさが訪れる。美也子はオールの動きにつれてできるさざ波をじっと見つめていた。雄介はそんな美也子から目をはずさない。やがてオールの動きを止めた。
視線を感じている美也子は池の中を覗き込むようにしている。
「きれいだ」
美也子は山の斜面に目を転じた。
「新緑と山つつじの紅色が綺麗ですね」
「花じゃなくって」
「だんごっ鼻なんです」 とうつむく。
「団子がお好きなんですね」
「タンゴを踊られるんですか」
「売店で団子を買いましょう」
「蚊、いましたか」
と言って顔をあげた。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その壱 作家名:健忘真実