「山」 にまつわる小品集 その壱
40数年の歳月が流れた。
「おい美也子、仏壇の引出しからこんなもん出てきたぞ」
焦げ茶色に変色して、ところどころ虫に食べられ破れかけた1枚の紙。『合ハイへのお誘い』というタイトル。
「まぁ、後生大事に仕舞い込んでたんやわ。これ、いつのことやろ」
「合ハイか。昔よう行ってたやないか。なつかしいな・・・そや、一緒に行ってたやつらに声かけてみようや。合ハイや合ハイ!」
最新流行の粋な装いをした女性4人男性3人のグループが、東お多福山に向かって歩いていた。女性たちはずーっとおしゃべりのし通しで、姦しいことこの上ない。
「福山君、末期癌やそうや。電話したらな、本人がそうゆうてたわ。奥さん、旧姓が小池幸子さんやけど、『誘い出して気分転換さしたってくれ』って、弱々しい声でな・・・小池さん、苦労してはるみたいやけど相変わらずきれいやなぁ」
「つらいことやぁ。もう亡くなった奴もいてるんやろ、福山に会いに行った方がええやろか」
「いや、会いとうないて。元気な頃の姿だけを覚えててくれって」
「だんだん寂しなるな」
「それにしても皆すっかり大阪のおばはんになっとるな」
美也子が立ち止まり、振り返ってだんごっ鼻をふくらませ夫の雄介を睨みつけた。
「なにゆうてんのん。アンさんらはおっさん通りこしてすっかりおじんやないの」
「そやそや、ガハハハハ」
と、女性陣は再び歩きながらおしゃべりを始めた。
「いやいや、わしらの青春はまだまだこれからやで」
「ハイキングの会でも作ろうや、なっ」
父も夢見た 母も見た
旅路のはての その涯(はて)の
青い山脈 緑の谷へ
旅を行く
若いわれらに 鐘が鳴る
息もとぎれとぎれに、だれともなく歌い始めたメロディー。ある者は小さく口ずさみ、ある者はハモりながら・・・
2011.4.24
作品名:「山」 にまつわる小品集 その壱 作家名:健忘真実