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神社奇譚 2-1 周り講

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春彦さんはパイプを右手にとって、宮司の顔を見て一度瞬きをする。
「宮司さん、実はね。
山上の家と川淵の家を中心としてた<周り講>をね。
始末したいんだよ。それでね、御祓いをしてもらって。
あぁ、もう今年も暮れになるからな。
正月の混むのが落ち着いたらさ、家内安全と、<周り講>をさ。
来年の左義長祭(サギチョウサイ)に併せてな、
御炊き上げして欲しいんだよ。」

宮司は大きく目を開けて
「とうとうそういう結論になりましたか。」
ふたりとも意を決したように、頷く。
どうも前々から話はあったようで。
その日は決意を聞き、翌日実際の<周り講>を持ってこられる、という。
宮司はなにか勿体無さそうな顔をして
「本当にいいんですか?」
その言葉にふたりの町の名士たちは頷いた。
宮司はそれを受け、頷いた。

「それじゃぁ・・。」ということで
宮司は私のほうを向き、思い出したように
「手を煩わせて申し訳ないんだが・・。
といっても、その前に説明せねばなるまい。」

今度は信行さんが口を開いた。
「講っていうのはさ、だいたいは家単位で出来ていたんだよナ。
親戚でまとまっていた講もあったんだ。
それでほれ、聞いたこと無いかな?
稲荷講って。
お稲荷様は、昔、日本に初めて稲が入ってきた時にさ。
稲の神様である女神がキツネに乗ってやってきたという伝説から
昔は田んぼの神様とだったんだよナ。」
春彦さんがタバコのパイプを外して
「毎年2月の初午(ハツウマ)の前後に近所の人々が当番の家に集まって、
お稲荷様をまつってごちそうを食べる稲荷講が、昔は多かったんだよ。
この辺にもいっぱいあったんだ。」
春彦さんが頷きながらタバコを咥えてモノをいう。
「ウチにもあったけどさ。
屋敷稲荷といって自分の庭にお稲荷様をまつって、
子供の夜泣きや風邪などの病気が治るようにお参りしていたなぁ。
毎日、お供え物をして、治ったらそのお礼に
今まで以上のお供え物をするんだ。」
その屋敷稲荷を持たない代わりに昔の大工の道具箱ほどの
大きさのさ木箱にお稲荷様を祭って、毎年、毎年、当番で廻ってくるのが、
周り講さ。」

今度は信行さんが口を挟む。
「それでさ、お稲荷さんのほかにナ。地鎮講ってのもあってさ。
こっちは春と秋の御彼岸の日にナ。これがナ。ちょいとした厄介ものでナ。」
信行さん、ギョロっとした目付きで春彦さんを見て、宮司さんを見て
最後に私の顔を覗き込んだ。
「ここいらのさ、まぁ、山上の家と川淵の家が中心なんだが
家系図というか、いやぁ家系図は他にもあるんだがナ。
両家の間で取り交わされた<交配の掟>というのがあってナ。」
私は何のことか分からず<コウハイのオキテ>?
と聞き返すと今度は春彦さんが口を開けた。
「川ッぷちの川淵の家というのはよ、その昔は鎌倉幕府の要職を輩出した
言ってみりゃぁ・・頭のキレがいい家柄だったんだな。
それで山上っていうのは小さいながらもこの辺りの豪族で
農家の反面、商才に秀でていたんだな。それでさっきもいったようなよ、
両家の関係があってさ。
でもお互いの家を立てて、というバランス具合が必要だったわけだよ。
で調べてみると、云われたように4代か5代で、
本家か分家かの違いはあるが結婚してきていたんだなぁ、
と分かったわけだ。」

キョトンとした私の顔を見かねて
宮司が話す。
「ご両家は、付かず離れずの関係性を保ちながら幾世代かに一度
婚姻関係をなんどか持っていたんだ。それをね、
後年あそこの大学病院とかで調べてもらったということなんだが、
DNAの鑑定とか、遺伝工学とか私には分からない世界だがね。
古文書の専門家に翻訳してもらって、えらいお医者さんに見せると
<完璧なる優性家系を作り維持し後継として見事に伝承した>
世にも稀なる手引書である・・と太鼓判を押されたんだ。」

ふたりの名士は、頷いて聞いていて。
「山上の家の誰それと誰それの間に生まれた子供は、
川淵の家の誰それと誰それの間の子供に嫁ぐことにより、
そこから生じる子供は英才を高めるため、京に向かわせねばならぬ・・。
とかさ。まあ、そういったこともあって、この田舎からさ、
京都大学まで行ったものもおる。」
「え?・・それって・・春彦さんの息子さんの・・。」
「ぉぅょ、セガレよ。」
信行さんが天井を見ながら
「さっきも話が出たがさ。その掟が出来たのが、鎌倉時代らしいんだよ。
勿論、なんども書き直してはいるんだがな。
だってウチラの家系のもんは必ず毛筆で書き直される仕来たりがあるんで。
いままで一事が万事よ、その掟に従ってきたんだがよ。
そしてそのお蔭も感じてはいるんだがよ。
戦後、両家とも戦死者も出て、その通りの継承ができなくなった。
それにここ百年の生活の<変化>だな。
よっぽどじゃなきゃぁよ、好きな相手と結婚するだろ、いまじゃ。」

私は、なにかとんでもない話を聞かされたと感じた。
12-3世紀の昔からホンの100年ほど前まで忠実に守られてきた
最新の遺伝子工学で裏打ちされたような手法を持って
血縁を守ってきたというのか_!
鎌倉時代の幕府の要職が、いったいどんな研究をしていたのか_!
なんと深遠で広大な知識の海溝の存在を目の当たりにしたような高揚感と
それがなんとも草の根的な形で自分の身近なところに存在しているという
郷土愛が、私の中で静かにしかし熱くスパークした。

顔を上げると、私は、宮司と町のふたりの名士の前でもあるのにもかかわらず口から言葉が次々に出てきた。何を言ったかは忘れてしまったが、最後に
「そんなすばらしいものを・・お炊き上げしてしまって・・いいんですか?」
と言った。
すると、ふたりの名士は顔を見合わせて、笑いながら首を振った。
「まーた、勿体無い・・って話かぃ?」
どうも聞いていると、その話を聞かされて宮司も同じ事を言ったのだという。

「一年に二度、講を開くっていうのはなぁ、
法事を二回やるより大変なんだよ。
寿司屋で寿司とって終わりって訳には行かない。
農作物を準備してお祭りしなきゃならないんだが、
いまぁ農家なんて片手間でしかやってないしさぁ」
「戦後すぐにもあったんだぁ、好きな相手とも結婚できねえって、
ウチを出て行ってしまったこともあってさ。
こん時代にロミオとジュリエットでもなかろうが。」
あぁ、確かにそれを継承し続けるには時代は。
余りに変わりきってしまったのだろう。

でも食い下がってしまった私は
「継承は・・ともかく、学術的な・・さっきの大学病院の・・」
「おいおい、遺伝子だかDNAだかいってもさ、ほらぁ冤罪の人いたろ。
間違っているかもしれんのだぞ、そんとき下手打たれて
昔々の近親結婚みたいなことを見つけられてさ、物言われるのもゴメンだ。」

「それよりなによりさ、周り講が大きすぎてナ。
置いておく場所が無いんだよナ。」

宮司が、私に向かっていった。
「とりあえずさ、稲荷講と地鎮講のふたつをさ、社務所に運び込んでくださいな。」


作品名:神社奇譚 2-1 周り講 作家名:平岩隆