神社奇譚 2-1 周り講
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いまでは住宅街だが、このあたりは古くから人々が住み、生活を営んできた。
神社の裏を都市部へ抜けるトンネルを掘る工事の際、
2体の人骨が発見されその含有炭素量測定によるおよその年代と
周囲に埋められていた夥しい数の土器の特徴から、
この辺りには縄文時代前後から人が住んでいた、ということが証明された。
現在では市の教育委員会だかが、歴史的遺産として記念の看板を
神社の境内に立てているほどだが、神社自体はなかなか
保護してくれはしない。
そのような調査が入ったため、長らく頓挫していたトンネル工事だが、
工法を変えてようやく完成に至ったのは着工から20年後。
20年前の話。いまではトンネルの上の山も均され開発されて
住宅やマンションが建っている。
その開発された土地の多くの部分をこの地域の古くからの旧家である
山上家と川淵家の二つの家の所有だったとされる。
いろいろと分家関係や親戚関係も多岐に渡っている様だが
山上家の本家の当主が信行さんで、川淵家の本家の当主が春彦さんである。
そう考えれば、地元の名士二人がぶらりと現われた、ということで
下っ端の私などは硬くなりそうなものだが、その飾らない、
いや飾らなさ過ぎる人柄は、最近の粋がっている若造ですら一目置いている。
今日のいでたちにしても、「折角、神社に行くのだから」と
フォーマルでないにしろネクタイをしているが、
「雨が降りそうだ」とゴム長靴という格好。
しかしながら、照れもしなければ堂々としているので格好悪くない。
二人ともタバコにはパイプは欠かせないという
不思議な共通点を持ったひとたちだ。
とりあえず社務所に入っていただくと、
ふたりとも神社の元氏子役員でもあって「勝手にやるからよぉ」と、
茶の準備をして、棚から袋菓子を出して勝手に始めた。
そこで宮司に電話すると、
「今、医者に掛かってるが、終わり次第、そっちにいく。」
とのことで、そのことを伝えると、
街の名士のふたりは「ぉぅ、勝手にやってるからよ」と声をあげる。
私は途中にしていた榊の始末をつけて、興味本位から社務所に近づくと
私の顔を見るなり、ふたりの名士から呼びつけられた。
「おまえさんは、どこの出だい?」
あぁ、静岡の方です。
こちらには東京の大学出て就職したあとに来ましたが。
「静岡はいいところだ。富士山はあるしよ。茶の産地だ。年中暖かいしな。」
春彦さんが、やたらと褒めるので、ええまぁ・・と畏まると
「あっちにもあっただろうな、富士山があるからさぁ。富士講がさ。」
いやぁ、とんと思いもつかないのですが・・・。
「そうなんだよな、そういうもんなんだよ。時代が変わったんだよ。」
信行さんが、遠い眼で宙を仰いだ。
「昔々、日本がまだ農村社会だった頃の遺物なのさ。
その昔さぁ、このあたりも農村でさぁ。
この辺りにあった家なんて皆農家でさ。
オマエさんの歳じゃ、わかるかな?
農家ってのはさ、ひとりじゃ生きていけないんだよ。
家族で総当たり戦なんだ。
それだけじゃない。農家一軒で生きていけるはずが無い。
助け合っていかにゃ、飯に有りつけることもない。
それほどに、昔々の農村の共同体の緊密さというのは重要だったんだ。」
伺う程度のことしか分からないですが・・。
「ほぅか、あんたもサラリーマンの子供だよな。
いやぁ時代の流れさ、いまじゃこの辺りだってさ。
農家の方が少ないわけだからなぁ。
農家ってのはさぁ、さっきも云ったが、一軒では何もできない。
だから隣組とかさ。とても重要になる。」
はぁ・・。
「気がついてもいるだろうが、山上家ってのはこの神社の周りの山の上。
坂をくだった川ッぷちの辺りが川淵家の本家だったのよ。
山の上には水が無いから川から水を汲み上げる必要が有る。
だから、山上の家は川淵の家を大事にした。
ところが、トンネルが出来る直ぐ前・・20年ちょい前まで
そうさ昭和の最後の頃まで、あの川は蛇行していたので
毎年のように氾濫してたんだ。
だから、川淵の家は、山上の家の力を必要とした。
共存共栄関係だったんだな。」
それで、両家を取り持つような姻戚関係が・・
「それもあった。長い歴史の間には何度かあったらしい。
だが、互いに互いを上下関係に置く事を嫌ったんだろうな。
まぁそれだけじゃなしに・・いろいろとあったみたいでな。」
要するに、農村の共同体の繋がりの強さについての講釈を
聞かされることとなり辟易としはじめた頃、宮司がやってきた。
「いやぁ、お待たせしました。病院が混んでてね。」
「宮司さん、どこか悪いのかぃ?」
「どこがって・・もういい歳ですからね。
全部がガタガタですよ。」
と、やりとりがあって、本題を切り出したのは春彦さんだった。
作品名:神社奇譚 2-1 周り講 作家名:平岩隆