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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(1)

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「確かにそうだろうね……」
 風邪を引いていようと引いてなかろうと、どのみち具合が悪いことに違いはないだろう。昨夜あれだけ吐いてしまったのだから、何か食べなくては薬を飲ませることも出来ない。
「なんだかここんとこ骨折ったり飲みすぎたりとか多いなー」
「どれも気をつければ防げる事態だよなぁ」
「……わかってるよ」
 姉はがっくりと肩を落とす。自分で一番わかっているはずなのだろうけれど、そんな簡単に改められるものなら、19歳にもなる前にとうに落ち着いた行動をとれるようになっているはずだから、もう性分なのだろう。わざとやっているわけでは当然なく、悪意なんて欠片もないことを、知らないわけがない。それのせいで一番困った事態に巻き込まれているのはほかならぬ姉自身なのだし、それでも、つい口にしてしまう。
「寝てて良いから、ちょっと待っていて」
「ん、ありがと」
 姉に体温計を手渡すと、それを受け取って小さく頷いた。体温計を見詰める柘榴石と猫睛石の瞳に奇妙な程不安の色が見え隠れしていた理由を、ただ単に慣れない風邪のせいなのだと、その時の僕は思っていた。


 38.5℃。今日やって来た風邪患者の誰よりも、姉の熱は高かった。かといって咳もなく、喉にも鼻にも異常は見られない。呼吸音も高熱のためやや苦しげなものの異常といえるほどのものでもなく、強いて言うなら心音が少し弱いような気もしたが、気のせいといってしまえばそれまでのような気もする範囲に収まっている。高熱と全身のだるさ、それに二日酔いが入り混じった症状の姉は、部屋で大人しく休んでいるはずだ。姉がこんな高熱を出したことは、養母に確認したところ、少なくともここ7年ぐらいはなかったことだという。幼い頃は病弱で、しばしば感染症に罹っては生死の境を彷徨っていたらしいが、養母曰く二次性徴あたりの時期を境に随分と身体が丈夫になり、それ以来病気らしい病気どころか風邪すらほとんど引いてこなかったそうだ。そう言われてみれば、小さな頃の姉はよく高熱を出して寝込んでいたような気もする。しかし、思い出そうとしなければ思い出せないほど記憶の奥底に仕舞われていて、すぐに思い出せるのはここ数年の、不注意と考えなしのせいで怪我は多いがいつも健康な姉の姿ばかりだった。
 二日酔いの件は伏せて熱のことだけを伝え、今日の診療は養母に手伝ってもらい乗り切った。口には出さないけれども、滅多にない事態に、養母も心配そうな表情を浮かべていた。熱の高い姉のことは心配だけれど、かといってまだ小さく体力の少ないスーに感染してもしものことがあっては大変なので、看病は頼めない。普通の風邪であればそろそろ妹も看病を経験させても良い年頃だけれど、症状から熱の原因がわからない以上、小さな子どもは近づけるべきではないだろう。
 大体一時間に一度、患者さんが途切れた合間に、僕は姉の様子を見に行った。部屋の扉を開けると、姉は寝ているときもあったし、少しずつおかゆを口にしていたときもあったし、暇そうに本を読んでいたこともあった。実験や工作などの類は、熱でぼうっとしている時にやると事故の元なので自粛してもらっている。
 正午を挟んでニ時間、診療所は昼休みを取っている。僕は自分の分と姉のおかわり分のおかゆが入った鍋をお盆に載せ、姉の部屋へと向かった。扉を軽く叩く。
「フィズ、入って大丈夫?」
「ん、いいよ」
 左手で扉を開ける。姉は上半身を起こし、記録鉱石から流れる声に耳を傾けていた。
「何聞いてるの?」
「毎度馬鹿馬鹿しいお話を」
「笑える?」
「まあね」
 姉のベッドの隣に椅子を引いてきて座る。記録鉱石の音が耳に飛び込む。話芸の類かと思ったら、違った。恐らく中身は若い女性の好むような、コテコテの、そしてドロドロ感の漂う、恋愛物語。
「……これ、笑えるようなものだっけ?」
「大爆笑だよ! よくもまあ、ここまで思い込みひとつで暴走できるね、って。ツッコミ所満載過ぎてどこからツッコんでいいのかわからないあたりがまた楽しくて楽しくて」
「その楽しみ方は正しいのかなぁ……」
「あー、一回切るね。ここから先はお子様は聞いちゃダメ」
「…………」
「濡れ場だから」
「態々言わなくてもわかるって」
 頭を抱えそうになる。姉に対しては、年頃の女性として本当にどうなんだろうと思うことが時々ある。それとも、ただ単に男というものが女性に夢を見過ぎなだけで、実際みんな姉みたいなものなのだろうか。そんなような気も最近しなくもないのだが、まさか他の女性に聞いて確かめるわけにもいかない。
 記録鉱石から男女のなにやら秘めやかな声が聞こえ始めたところで、姉はスイッチを切った。唐突に音声が途切れる。
 僕はおかゆを碗に盛り付けて、姉に手渡した。
「ん、ありがと」
 僕も食事を始める。姉はにやにやと笑いながら、先ほどの物語の粗筋を説明してくれた。それはまあなんというか、実際に自分が間違っても巻き込まれたくないようなドロドロ極まりない愛想劇で、もしもこれが創作じゃなく現実だったら、あらん限りの力を振り絞ってその場から逃げ出したくなるんだろうなと正直思うような超展開の嵐だった。ある意味、面白いといえば面白い、ような気がしなくもない。
「いやしかし、もし人がみんな恋愛にはまってこんなになるんだったら、私は先生とイスクを殺さなきゃいけなくなっちゃうよねー」
 昨日の今日にしてそんなことを笑顔で言わないでくれ。思わずツッコみたくなるものの、それを言うと昨日の姉の涙まで思い出してしまうから、それをなんとか留める。
 そしてそんなような展開だと、結果的に恋路を邪魔する形になってしまった僕の命運が大変なことになってしまう。正直姉が本気になったら僕の命など風前の灯火であることは嫌というほど思い知っているので、ああ、これが物語で良かったと思わざるを得ない。
「でもさ」
 姉はふと、言葉を止めた。巫山戯たような笑みが表情から消える。
「本当に、その人さえいれば他のすべてがどうなってもいいようなぐらい、人を好きになることって、あるのかな」
 肩を竦めた。そして自嘲的に笑う。
「少なくとも先生のときはそんな風には思えなかったし。あー、私って愛情薄いのかなぁ」
「そんなことないと思うし、正直この話ぐらいの行動を取られても困るけど」
 この物語の主人公の行動を、姉の戦闘力で再現しようものなら本気で街が一面の焼け野原になりかねない。姉は、いや、やらないけどさ、と言った上で。
「こういう人たちの愛っていうのと、私のそれは本当に同一のものなのかなぁ、って思うことがあるよ」
「それは…」
「ん、わかるわけないよね。他人の気持ちなんて結局他人のものでしかないんだから、それを私が完全に理解することなんかできない。ましてや物語の中の人だし。だけどね、あの頃の私でも多分、イスクの命と先生の命どっちを取るって言われたら、先生を犠牲にできたと思う。好きだったけど」
 そう言って、姉は掌の上で先ほどの記録鉱石をころころと弄んだ。