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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(1)

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 できれば聞かなかったことにしたい最初の疑問は取りあえず置いておくことにする。というか、昨日あのまま放りっぱなしでズボンをはいて寝ていたのか。泥酔状態とはいえ、年頃の女性として本当にそれはどうなんだろう。
「えーっと、フィズ、昨日のことどこまで覚えてる?」
「昨日?」
 姉は暫くうーんと考え込み、「イスクと別れて飲み屋さんに入ったところまでは」と、自信なさげな口調で答えた。予想以上に見事に吹き飛んでいる記憶に、一体どの部分をどう説明するのが一番無難だろうかと考える。
「フィズが酔っ払って玄関で倒れてたから、介抱してたんだよ。その途中で僕も疲れて寝ちゃって」
「あー、そっか…ごめん、覚えてない…あー、頭痛ぁー…」
「二日酔いだね。今日は休んでて。僕の手に負えない急患が来たら起こすかもしれないけど。…そうだ、フィズ」
 言おうかどうしようか、迷った。折角忘れているのならば、思い出させることもないだろうとも。それでも、イスクさんと別れるまでの記憶があるのなら、ジェンシオノ氏がイスクさんと付き合ったということも覚えているはずだ。半年間、ずっと忘れた振りをさせ続けさせてしまったのは、多分、僕だ。
「本当に、ごめんなさい」
 寝ている姉に謝って謝罪したことにするなんて、あの泣き顔を見てしまったら、無理だ。それは、姉の為だけじゃない。僕の為に。許してもらっているのか確かめたくて。その為に姉の傷に態々触れるのは、結局僕のエゴのような気もする。それでも、謝りたかった。僕が半年もの間、痛みに気づかないでいたことも含めて。
 しかし。
「あんた、何したのっ!?」
 姉は何故か顔をますます真っ赤にして僕から距離を引いた。ひょっとして、聞かなかったことにしておいたほうの件についてと思われたのだろうか。それなら思い切り誤解だ。
「いや、それじゃなくて」
「それじゃなくてなにっ!?」
 誤解を解こうと一歩立ち上がったら、瞬時に目の前に結界を張られた。「近寄るなぁぁぁ!!」と叫ぶよりも更に速かった。結構酷い。さすがにそこまでされる謂れは何処にもない。
「…フィズが考えてる件なら、脱ぎ散らかしたのはフィズだよ」
 ああ、黙っていようと思っていたのに。姉の動きが止まる。
「突然服脱ぐから吃驚した」
「え」
「お風呂入れないから身体拭くって。…僕がいたのにまったく気にしないんだから」
「えー……あー………うー…………」
「で、多分、ズボンと…下着の…穿く順番間違えたんじゃないかな…と…」
 僕だって姉とはいえ女性と下着の話なんかしたくないのだけれど。寧ろ同性とだってそんな話はしたくないが。いわれのない誤解で変態扱いされるのはそれよりも嫌なので仕方がない。姉の顔がみるみる赤くなっていく。僕も何だか居た堪れなくなって、姉の顔をじっくり見られない。
「………………………………」
「………………………………」
 ああ、気まずい。物凄く気まずい。だから言いたくなかったのに。姉の顔色は柘榴石の右目が目立たなくなるほどに赤い。なにやら嫌な汗が顔を伝っているのが見えた。姉は何度か何かを言いかけては口篭ってしまい、言葉が途切れては消える。
 子供の頃は姉に入浴させてもらっていたはずなのに、このなんとも言えない居心地の悪さはなんなのだろうとか、それは年齢のせいだろうという光より速く自己回答が返ってくるような疑問が浮かんでは消えていくような時間が流れる。だとすれば、年齢を重ねるとそんなような変化が起きるのはどうしてなのだろうとか、これはこれで答えの出てこなさそうな疑問も浮かんでは蓄積されていく。
「……………………………見た?」
「……………………見てない」
「そ…」
 再び流れる無駄に重たい沈黙。破ったのは、半ば目を逸らしつつの姉の声。
「……で、ごめんって、何が?」
「あー、うん」
 一瞬、本気で思考から追いやられていた大切なことを呼び返す。顔が急速に冷えていくような気がした。気づかなかったけれども、こちらもつられて思い切り赤面していたようだった。恐らくはいつも通りに戻っただけなのに、極度に緊張しているときのような、自分の身の冷たさ。あるいは、本当に緊張していたのかもしれないけれど。
「ジェンシオノさんのこと、本当にごめんなさい」
 一瞬、姉はきょとんとして、それから、からからと笑って見せた。
「何を今更?ああ、昨日イスクと先生が付き合ってるってことも話したんだ?やだなぁ、もう半年も前の話でしょ」
「でも」
 昨日泣いてただろ。そう言おうとして、やめた。言わないほうがいいと思った。どうしてか、直ぐに説明できるような理由は思いつかなかったけれど。
「いーのいーの、とっくに終わった話だし、イスクは幸せそうにしてるから私はそれでいいや」
 それで良い訳ない。それを僕は知ってしまったから、言葉が出てこない。姉は妙に饒舌に語る。なんでもないことのように。
「私は良いんだ。うん。多分あれは、恋に恋してたようなもんだし、イスクのほうが先生より大事だし。恋と友情の間で揺れ動くような乙女チックな真似は、やっぱ私にはできないよ。似合わないし、そんなことしてる自分想像したら気持ち悪いって。恋に恋してた18歳の自分ですら、あまりに恥ずかしすぎて直視したくないぐらいなんだからさぁ」
 嘘吐き。だけどきっと、姉は、それを本当にするために言ってるんだ。今姉が話している相手は僕じゃない。姉自身なのだろう、恐らくは。
「こっちおいで、サザ」
 姉が手招きをする。さっきの騒ぎの時に掛けた結界は、消えていた。触れた姉の手は、温かかった。
「安心しなさい。もう怒ってないし、大体そんなことであんたを嫌いになるわけないんだから」
 髪の毛をわしゃわしゃと撫でられながら、ああ、全部見通されていたんだな、と痛感する。今まで生きてきた年数の差なのか、それとも性格が原因なのか。僕の考えや、嘘や誤魔化しなんかは、すべてばれているのではないか、と思うことが時たまある。もし年齢が理由ならば、僕は一生涯、姉にはかなわないのだろう。そう思うとなにやら無性に悔しいが、しかし僕が姉よりも年長になることはありえないのでどうしようもない。
「あーあ、可愛いなー、あんたは」
「可愛いって…」
 15にもなった男に使う形容詞ではないだろう、とは思ったが、姉からしてみればたとえいくつになろうと僕は弟に変わりはないのだからしょうがないのだろうか。それでも、背丈は去年追い抜いたのだけれど。小さな子供のような扱いに、なんだか気恥ずかしくなってきてしまう。
「あのさ、フィズ。朝ごはん作ってくるよ」
 そういって、僕はすっと頭を引いた。姉の手が離れる。髪から落ちて一瞬頬に触れた手が少し熱くて、風邪でも引いたのだろうか。
「ん。それじゃ、胃に優しいものがいいな」
「うん。じゃあ、熱測って待ってて」
「え?」
 おでこに触れてみる。やはり少し熱い。
「熱があるよ。身体辛くない?」
 姉の顔色が紅潮しているのは、どうやら先ほどのなんとも居た堪れない会話のせいだけではないようで。珍しい。僕が覚えている限り、ここ数年姉が風邪を引くようなことはなかったのだけれど。
「あー、二日酔いで頭痛いのと胃が痛いのとでわからない…」