神無月の饗宴
木目がぼんやりと見えた。
気を失っていたようである。
しばらく木目を見つめていた。
やがて、ここは建物の中で天井を眺めているのだと気付いた。布団に寝ているようである。
そっと顔を右に、そして左に動かした。左側の布団に健が寝ていた。
上体を起こして周囲に目を配る。からだにはまだあの衣装を纏ったままだ。靴は脱がされていた。刀剣が枕元に置かれている。
私はそっと健を揺すって名を呼んだ。よほど疲れているらしくて、目を覚ましそうにもない。
その時、障子が開けられ縁側からの光がわずかに差し込んできた。
「お目覚めですか。さ、これを召し上がれ、精がつきますよ」
ほのかにお酒の匂い。甘酒をお盆にのせて現れた巫女に問いかけた。
「ここはどこでしょうか。私たちはどうしてここに?」
巫女は語り出した。
ここは出雲の大社(おおやしろ)でございます。わたくしはここにお仕えする巫女。兄は神官をしており、兄妹でお守りしてまいりました。
こちらでは10月は神在り月と申しまして、全国から八百万の神様方がお集まりになられます。
今年は例年になくお社が賑やかでございました。鈴がコロコロと鳴り響いたり、草がまるで笑いさざめいているかのように音を立てて揺らいでいるのです。
わたくしは夢の中で神様の託宣を承ることができます。
昨夜、いえ今朝になりますね、大物主神が御姿をお見せになり、こう申されたのです。
『本年の宴は大盛況であった。神々は大いに喜んでいた。今回の演じ物はワシの当番でな、22年前から計画を立て準備をしておったのじゃ。これで当分酒の肴として話題に上るわい。その間は崇りをなす神はいない、いやあ安穏安穏』
そしてこうおっしゃるではありませんか。
『実は斐伊川のほとりにその主人公たちが疲れ果てて眠り込んでいるので、介抱してやってはくれぬか』
斐伊川というのは昔、八岐大蛇が退治された時にできた川。わたくしはどのあたりになるか目星をつけて参りましたところ、あなた方が眠り込んでおられた。兄と共に車にお乗せして、お連れしたわけでございます。
さ、このようなおにぎりしかございませぬがお召し上がりなさいませ。
神棚に供えられていた皿を下げて勧めてくれた。
私は礼を述べ、あまりの空腹におにぎりをありがたく頂いた。
塩の効いた温かいおにぎりを。
コッコッ コッコッ